「サンセット(南西航空方面隊防空指令所のコールサイン・仮称)、ディス・イズ・クラウン(第9航空団の戦闘機のコールサイン・仮称)42。ここからはUSのリズ(アメリカ空軍のAWACSのコールサイン・仮称)のコントロールを受ける」「ラージャ、マックによろしく」立野官房長官の記者会見が終わった頃、那覇基地を離陸して航空自衛隊の空中給油機から燃料補給を受けた第9航空団のFー15の10機編隊がアメリカ空軍のAWACSの管制を受けながらグアム島を飛び立ったBー2爆撃機の4機編隊と合流するため太平洋上を南下していた。この作戦ではアメリカ軍のAWACSが指揮を執るのでこのまま日本海まで同行するが、航空自衛隊の機上指令官・タックネーム・マック(仮称)も搭乗している。
「Bー2はデルタ・フォーメーションを組んでいる。AWACSは後尾に続行している。我々は打ち合わせ通りの隊形でガードする」「編隊長機が予備機だ。特に注意しろ」4機のBー2は菱型の編隊を組んでおり、先頭が編隊長なのは常識の範疇だ。ここでアメリカ軍のAWACSからマックが重要な情報を補足した。立野官房長官の記者会見は途中で海上自衛隊の護衛艦・すずかぜの砲撃による原子炉建屋の破壊の中継が入ったため関心が撮影映像の放映権などの現実の問題に移り、本当は北朝鮮への秘密任務を帯びている予備の1機については素通りに近い状態で終わった。この1機にはコンクリート詰め投下弾ではなく空対地ミサイルが搭載されていて実戦の任務が付与されているのだが隠蔽したまま実施することになる。
「海面で警戒に当たっている護衛艦を確認した」「イージス艦・くじゅうだな。これも日米協同作戦の一環だ」防衛省・自衛隊では殊更に関心を示さない石田首相は蚊帳の外に置いて体調が悪化していた浜前防衛大臣が陣頭指揮を執り、双木外務大臣の協力の元で今回の北朝鮮への懲罰作戦を策定した。浜前大臣は亡くなった兄・加倍首相が安全保障関連法によって完成させた日米安全保障態勢を実践するため自衛隊の役割分担を可能な限り推し進め、日本の領空からはるか遠い台湾の南の空域で出迎えただけでなく海面には海上自衛隊のイージス護衛艦を配置している。自衛艦隊の主力護衛艦は太平洋航路の船団護衛に投入されているが、中国軍の航空戦力は太平洋上で攻撃を加えるほどの能力はないためイージス護衛艦は弾道ミサイルの破壊措置命令に対処するように日本の基地に留められている。
「サンセット、ディス・イズ・クラウン。間もなく我が社のタンカー(空中給油機)がBー2に燃料補給する。我々はそれを見届けた時点でドラゴン(第6航空団の戦闘機のコールサイン・仮称)と交代して那覇にリカバリー(帰投)する」「ラージャ、最後までシッカリ頼む」Bー2の編隊が高知県南方の太平洋に達したところで航空自衛隊の空中給油機が出迎えた。加倍政権が成立させた安全保障関連法の1つ、武力攻撃事態等におけるアメリカ合衆国の軍隊の行動に伴い我が国が実施する措置に関する法律=米軍等行動関連措置法でも防衛出動が発令されていない平時の自衛隊に許される協同行動には制約があり、この燃料補給は2代目ブッシュが始めた対イスラム戦争で小泉政権がインド洋とペルシャ湾で海上自衛隊がアフガニスタンの攻撃に参加している各国艦艇に洋上給油したことを「参戦」とした前例を踏襲している。
「私は只今、比叡山ドライブウェイの駐車場の展望台付近にいます。間もなくグアム島の基地を発進したアメリカ軍の黒い悪魔、Bー戦略爆撃機が4機編隊で通過していく予定です」日本時間の正午前、国営放送の撮影班は比叡山ドライブウェイの最上部にある駐車場の展望台付近で中継を始めた。滋賀県内には標高1214メートルの武奈ヶ岳などの高い山はあるのだが、交通の便が悪く、放射線の被曝線量を最小限にするには適当ではない。それでも画面に映っていている若い男性アナウンサーをはじめ撮影班の全員が黄色い防護服を着ている。
「来たぞ。Bー2が4機だ」双眼鏡で京都市の方向を見ていたディレクターが歓声を上げると上空担当のカメラマンは手早くピントを合わせた。南の空に4つの点が見えると間もなくエンジン音が聞こえ始め、やがて空飛ぶ円盤のような奇怪な黒い巨大な機体が姿を現した。その上空を航空自衛隊のFー15が10機編隊で飛行してくるが撮影班は無視した。
「只今、4機の黒い悪魔、Bー2戦略爆撃機が我が国の歴史的世界遺産である京都の上空を通過してきます。高度はかなり低いですね・・・破壊された原発を上空から確認するためのようです」アナウンサーが世代的に誰に習ったのか判らない反戦感情を丸出しにして中継するとディレクターがボール紙で補足説明を指示した。到着するまでの車内で打ち合わせはしてきたが、ここまで思想が偏向した反戦感情の持ち主とは気づかなかった。しかし、「黒い悪魔」はベトナム戦争の北爆で黒い機体から大量の爆弾を降らせるBー52に憎悪を込めてつけた仇名でどこかユーモラスなBー2には似合わない。その間にBー2は比叡山の前を通過していったが、標高848メートルの山頂よりもかなり高く、カメラは見上げるように撮影していた。
- 2022/08/21(日) 16:33:21|
- 夜の連続小説9
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