fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ224

「超望遠でも投下する爆弾は撮影できないかな」「この位置では日本海側まで視界が届かないから無理だろう」比叡山ドライブウェイの山頂付近の駐車場では国営放送のカメラマンが目の前を通過していったBー2の編隊が日本海で向きを変え、破壊された3基の原発にコンクリート詰め投下弾を投下する光景を撮影したいと言う職業人の願望を湧き立たせていた。
「京都支局の中継ヘリを出してもらえませんかね。ここへ寄ってくれれば私が乗り込んで撮影します」「ヘリの高度では安全距離が確保できないことは発生直後に説明を受けただろう」「それはそうですが・・・」ディレクターは血気にはやっているカメラマンを理づくめに制止した。視聴者や読者はマイクを持って実況中継するアナウンサーや文章を書く記者をジャーナリストの代表と思いがちだが、携帯可能なカメラが実用化されてからの戦場カメラマンたちは最前線を取材して戦争の実態を報道する代償として多くが生命を失ってきた。このカメラマンも古典的なジャーナリスト魂を堅持しているようだ。
「そろそろ黒い悪魔が引き返してくるぞ」「ワルキュレーの騎行を流したい気分だな」「ワルキュレーって何ですか」納得と言うよりも諦めたカメラマンが北から飛来するBー2爆撃機を撮影する準備を始めるとアナウンサーは同じ方向を見ながら使用を禁止されたBー52の仇名を口にした。ディレクターは指導を繰り返す代わりにフランシス・コッポラがベトナム戦争を描いた映画「地獄の黙示録」でアメリカ軍がヘリコプターで農村を攻撃する時、村民の恐怖を煽るためスピーカーでリヒャルト・ワーグナーの「ワルキュレーの騎行」を大音響で流した場面を返したが、世代格差なのか映画の前にクラシック音楽の知識が欠落していた。「ワルキュレーの騎行」はワーグナーにとって「彷徨えるオランダ人」と並ぶ代表作だが、最近の学校教育ではこの程度の知識を持っていなくても一流高校、一流大学に進学して難関のはずの国営放送のアナウンサーになれるらしい。
「来たぞ」「用意、Q」「引き続き比叡山の山頂展望台からの中継です。眼下の琵琶湖には鮮やかに青空が映り、真昼の太陽を受けて光り輝いていますが、その青空に黒い点のようなBー2爆撃機が3機、こちらに向かってきます」カメラマンの叫び声にディレクターが合図を送り、今回も音声だけの出演になるアナウンサーは隣で中継を始めた。
「只今、Bー2爆撃機の巨体が目の前を通過してきましたが1発目は破壊された原子炉に命中したのでしょうか。これからBー2爆撃機は安全を確保するため太平洋上に出て旋回して戻ってきます。それを16回繰り返す予定です」「1発分、機体が軽くなったのかエンジン音が優しくなったな」「主翼の反りも小さくなりました」カメラマンと助手は目の前を通過していったBー2の機体の微妙な変化を研ぎ澄まされたプロの感覚で分析した。前回は待機空域に入る前に上空から原子炉を確認したが、今回はレーザー・ビームで照準した上でコンクリートを詰めた1トン爆弾を投下した。どちらの業務内容の方が高度を下げる必要性を帯びるのかは不明だが今回の方が高度は低いような気がする。ただし、どちらも機体の下面が見えるので高度は標高の848メートルを上回っているのは間違いない。
「何だ」その時、北の方からBー2とは異なるFー15の甲高いターボ・ファン・エンジン音が聞こえてきた。前回の中継でアナウンサーはBー2の上空を飛行していた護衛の第6航空団の10機のFー15には触れなかったが、見上げた映像には機影が映っていたため東京の放送センターから解説を入れるように指示が入っている。そのためなのか過剰に反応してディレクターの許可も得ないで展望台に駆け上がっていった。
「多くの戦闘機が上空を通過していきます。ここからは視界が限られているのでカメラの映像で確認できますでしょうか。護衛の航空自衛隊の戦闘機と思われます」軍用機マニアであれば尾翼2枚の機影だけで航空自衛隊が使用している戦闘機でもF―15とFー2のどちらなのか識別できるが反戦思想に染められているアナウンサーにそのような趣味があるはずがない。当然、航空自衛隊が護衛と同時に投下の成果を確認させたことにも想像は至らない。
「戻ってきた」「只今、Bー2爆撃機が先程と同じコースで接近してきます。世界遺産・京都の美しい瓦屋根の街並みに不気味な黒い影が通過してきました・・・続いて航空自衛隊の護衛の戦闘機が続行してきます」カメラマンの声を聞いて持ち場を離れたアナウンサーが戻ってくるとディレクターは呼吸を整える時間も与えず中継を開始させた。実際の映像ではBー2はすでに先頭の1機が前を通過していて完全に出遅れていた。
その裏では予備機の北朝鮮に対する懲罰作戦が迫っている。それが何度目に開始されるのかは取材班には知らされていない。その一部始終を撮影できる訳ではないのであえて知る必要もないが、多分、カメラマンが知れば無念の歯噛みをするはずだ。
  1. 2022/08/22(月) 14:22:13|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<8月22日・「欧州の天地は複雑怪奇」平沼騏一郎首相の命日 | ホーム | 8月22日・毎度の戦争犯罪!樺太の豊原が空襲された。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7856-3313c64c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)