fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月24日・「クマのプーさん」のモデルの熊が買われた。

1914年の明日8月24日に現在も世界で絶大な支持を得ている児童小説「クマのプーさん」のモデルになった小熊(種類は黒熊)が第1次世界大戦に出征したカナダ軍獣医・ハリー・コルボーン中尉に買われました。
「クマのプーさん」は1926年にイギリスの児童文学者のアラン・アレクサンダー・ミルンさんが息子のクリストファー・ロビン・ミルンくんと可愛がっていた動物のぬいぐるみたちが一緒に生活する物語として発表しました。なお、挿絵は近所に住んでいたアーネスト・ハワード・シェパードさんの作品でディズニーのアニメよりも秀作です。
プーさんはクリストファー・ロビンくんが特に可愛がっていた1歳の誕生日にもらったテディベアで、元々はベア、テディ、エドワード・ベア、ビッグ・ベアと言う名前でした。ところが最終的に小説でも使われている「ウィニー・ザ・プー」に改名されたのはロンドン動物園で飼育されていた小熊の名前の「ウィニー」と家族が信仰のために通っていたウェストサセックス州ポーリングの池の白鳥の「プー」の組み合わせで、この「ウィニー」がカナダ軍の獣医に買われた小熊でした。
コルボーン中尉は当時イギリス領だったカナダの五大湖畔の街・ウィニペグの出身で軍馬や軍用犬、伝書鳩などの動物の管理と治療のため第1次世界大戦に出征することになり、出発前にオンタリオ州ホワイトリバーで母熊を射殺された小熊が20ドルで売られているのを見つけて購入すると故郷にちなんでウィニーと名づけたのです。そのまま船内で飼育し、イギリス到着後も連れて部隊に赴任するとたちまち兵隊たちに愛され、戦場に向かう前の癒しになりました。しかし、間もなくコルボーン中尉もフランス戦線に赴くことになり、仕方なくロンドン動物園に預けると愛らしいウィニーは子供たちの人気者になってクリストファー・ロビンくんもその1人で「家でもウィニーに会いたい」とテディベアのぬいぐるみに名前をつけたのでした。また物語のプーさんは蜂蜜が大好物ですが、ロンドン動物園では子供が檻に入って餌を与えることが許されていてクリストファー・ロビンくんがウィニーに蜂蜜を舐めさせている写真が現存します。
コルボーン中尉は1918年に第1次世界大戦が終結すると無事にイギリスへ帰還しましたがウィニーは預けていた4年弱の間に成獣になっていて、しかも動物園の人気者になっていたためカナダに連れて帰ることを断念して1919年12月に正式に寄贈しました。その後、ウィニーは大切に飼育されましたが1934年5月12日にロンドン動物園で死亡し、2015年にイングランド王立外科医師会のバンデリアン博物館で公開された頭蓋骨の標本は大部分の歯が欠損していて、高齢だけが原因ではなく好物の甘い物(=蜂蜜?)を与えられ過ぎた可能性も指摘されています。
カナダのウィニペグのアシニボイン公園には餌を与える軍服姿のコルバーン中尉と立って咥えるウィニーの銅像が建っているそうですが、ディズニー・アニメの「クマのプーさん」とは直接関係はないので日本人のファンが押しかけることはないでしょう(2004年にBBC製作の映画「クマのウィニー」が公開されています)。
  1. 2022/08/23(火) 16:22:55|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<続・振り向けばイエスタディ226 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ225>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7859-574b7b95
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)