「攻撃目標で異常事態発生」「リアリィ(マジか)」3機のBー2が5度目の原子炉封鎖に向かうのに合わせて予備機は待機空域を離れて北朝鮮に接近していた。第5空軍から指示された攻撃目標は当初、北部の山岳地帯にある核開発施設だったがグアム島から日本に向かう太平洋上で「テポドン2の発射準備を始めた」との情報を得て、第2目標だった長距離弾道ミサイルの組立工場と燃料貯蔵所に変更されたのだ。そのため待機中も機内ではミサイルの電子装置に攻撃目標の変更を入力する作業に追われ、高みの見物とはいかなかった。
「事故か」「何にしてもすでに韓国軍のレーダーには捕捉されています」発射態勢に入っていた機長と副操縦士は画面に表示された異常事態の状況が判断できないでいる。この信号は異常事態を発生させた本体が発信した緊急信号を感知するか、防空指令所が送った通知によって表示されるが、北朝鮮の軍事施設の緊急信号をBー2が捕捉するとは考えられない。一方、副操縦士が口にしたのは北朝鮮の警戒管制レーダーは電力不足と機材の老朽化で24時間稼働体制が維持できず、南北首脳会談で臣従を誓った売国政権当時に韓国空軍の防空指令所と接続して情報の提供を受けていることを示唆している。以前であれば韓国軍は在韓アメリカ軍の指揮下にあったため防空指令所も共同運用していたが、1994年に平時の指揮権が韓国政府に移管されたのでこのような背信行為が可能になったのだ。これが口外厳禁なのは言うまでもない。
「横田は何も言ってこないか」「まだです」「JASDFの護衛は」「4機で周囲を固めています」「韓国の戦闘機は」「攻撃態勢は採っていません」Bー2の巡航速度でも空対地ミサイルを発射できる範囲は意外に短い。判断が遅れれば朝鮮半島を領土侵犯し、地対空ミサイルの目標になりかねない。アメリカ軍に限らず軍事行動では中止の判断を現場の担当者が下すことは厳格に否定されている。この場合も大統領から指揮統制を委託された第5空軍司令官の命令でなければ戦線離脱の重大な軍規違反になり、帰れば軍事裁判所の被告になる。しかし、爆撃が目的であれば電子戦を併用して敵のレーダーを無能化し、前もって戦闘機に地上の防空部隊を攻撃させるのだが、今回は遠距離からの空対地ミサイルによる攻撃なので準備はしていない。
「カイト(Bー2のコールサイン・仮称)10、ディス・イズ・トリイ(第5空軍指揮所のコールサイン・仮称=在日アメリカ軍は鳥居をシンボルにしている)。ミッション・キャンセル(作戦中止)」「セイ・アゲイン(再送せよ)」「ミッション・キャンセル」「トリイ、ディス・イズ・カイト。ラージャ、ミッション・キャンセル」即断即決を旨とする空軍にしては遅れ気味の命令だったが発射予定位置の寸前で中止命令が届いた。機長はあまりにも唐突で異常な事態の発生に流石の第5空軍司令官以下の高官たちも即断即決できなかったことを推察して苦笑いを副操縦士に投げかけた。すると副操縦士は本来であれば黙々淡々と任務を遂行するべきだった機長が迷っていた姿を思い出して違う意味の苦笑いを送り返した。こうして冷静になって考えられるのは予備機の攻撃による戦果を確認するため攻撃目標を監視していたアメリカか日本の偵察衛星が何らかの重大な異常事態を確認して横田基地に同居する在日アメリカ空軍と航空総隊の指揮所に緊急通報してきた可能性だ。
「それではスタンバイ位置に戻って仲間たちの仕事を見学することにしよう。これでも編隊長だからな」「横田から現場確認の命令は届きませんよね」「それをやらせるならJASDFのイーグルだろう」緊張感が抜けた操縦室で機長と副操縦士は軽く口のように対話した。今回の作戦で予備機を編隊長にしたのは他の3機が美浜・大飯・高浜の破壊された原子炉を封鎖している間に北朝鮮への懲罰攻撃を加える戦闘任務を負っていたからだが、これで完全な現場監督になってしまった。機長は前方の左右を飛行している2機のFー15を視線で確認すると操縦桿とラダー・ペダルで旋回させた。すると4機のFー15はBー2の巨体が反転する前に旋回を終え、隊形を維持したまま前方後方左右の守備位置を交代した。
「そう言えばこのミッションが終われば北の国王に日本と同じ目に遭わせられるから本当の懲罰だってジョークが出ましたよね。誰でしたっけ」「あれは受けたな」予備機が能登半島沖の待機空域に戻るとコンクリート詰め投下弾を投下した3機はまだ戻っていなかった。そんな妙に平穏な機内で副操縦士が雑談を始めた。実は予備機の搭乗員の間では「半島北部の核開発施設を破壊して放射能を流出させれば今日は風下になっている平壌も汚染されて、書記長に日本と同じ目に遭わせられる」と言い合っていたのだが、攻撃目標が弾道ミサイルの整備工場に変更された挙句に中止になってしまった。横田から送られてきた情報によれば変更された攻撃目標だった整備工場で大規模な爆発が起こり、周辺の火災で液体燃料の貯蔵施設まで誘爆したため「目的は達成された」と言うのだが、「カミに代わって悪に懲罰を加えること」を戦争の大義にしているアメリカ軍の軍人としては達成感に欠け、不満が残る結果だった。
- 2022/08/25(木) 14:00:05|
- 夜の連続小説9
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