「確かに我が国は日本国に対して新たな核攻撃を行った北朝鮮に軍事的制裁を与えるべきだと主張してきました。しかし、昨日実施したのはその攻撃によって被害を受けた3基の原子力発電所の放射能流出を遮断するための封鎖作戦であって、Bー2が投下したのは鉛を混入したコンクリートを詰めた特殊投下弾のみです」翌朝の安全保障理事会では日本の立野官房長官の緊急記者会見から1時間遅れて北朝鮮が国営放送で「アメリカのBー2爆撃機の攻撃によってロケット工場が破壊されて多数の死者が出た」と公式発表したため開会早々この議題で熱を帯びた討論が始まった。開口一番に中国の国連大使が投げかけた質問にアメリカの国連大使は淡々と事務的に答えた。今回の爆発発生時に予備機のBー2が朝鮮半島に向かって飛行していたことは立野官房長官も認めたが、それは「弾道ミサイツの発射準備を始めた北朝鮮への威嚇であって、攻撃を加えていないことは随伴していたロシアと韓国の戦闘機も確認しているはずだ」と一刀両断していた。おそらく事故発生の連絡を受けた中国当局が北朝鮮にアメリカの懲罰を原因として非難する公式発表を指示したのだが、アメリカが先手を打って日本に緊急記者会見を開かせていた。つまりこのタッグ戦で中国・北朝鮮ペアに勝ち目はない。
「それではアメリカは今回の事故は何が原因だと考えているんですか」「そんなことは北朝鮮に核兵器と弾道ミサイルの技術者を派遣している中国とロシアの方が詳しいはずです。アメリカとしては議事としての説明を要求します」珍しく簡単に遣り込められる中国の国連大使の姿に他の出席者たちはアカラサマに失笑した。
「我が中国は被害当事国ではないのでこの席で説明する責任はない」「我がロシアも同様である」ここでウクライナ侵攻以来の同盟国が共同戦線を張った。するとアメリカのアフリカ系女性の国連大使は唇を歪ませて苦笑すると追い討ちをかけた。
「中国は北朝鮮の弾道ミサイル工場爆発事故が非常に気にしているようですが、この場で説明できるだけの情報を持っていないらしい。それはロシアも同様でしょう。ならば国際連合として事故原因の究明と被害状況、環境への影響を確認するために国際調査団を派遣することを提案します」「それは朝鮮民主主義人民共和国の同意が前提になります。しかし、これまでもIAEAの査察を受け入れていませんから可能性は低いでしょう」中国の国連大使は自分が窮地に追い込まれていることを自覚したのか、発言が弱気になってきた。これまで中国とロシアは北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの開発問題が安全保障理事会で議論されても共同で妨害し、経済制裁が決議されても韓国を加えた隣接する3国で援助を続けてきたのだが、今回は墓穴を掘ってしまった以上、逃げの一手しかないようだ。
「それでアメリカのチェルノブイリ式原子炉封鎖作戦は成功したんですか」ここでロシアが話題を換えてきた。ロシアはアメリカの「破壊された原子炉に鉛を混入したコンクリートを詰めた爆弾を投下して封鎖する」と言う説明に「チェルノブイリ式」と勝手に命名して以来、機会を見つけては持ち出して発案者顔をしている。
「昨日、作戦が終了した時点でJASDFの無人偵察機・RQー4クローバルホークで確認したところ3基各16発の2000ポンド投下弾は全て地下原子炉室の破砕孔内に落下していて内部は封鎖されました。今後は放射線量の低下を待ってヘリコプターなどによるコンクリートの追加埋め立てを実施して防護処置を完成したいと考えています」「凄い命中精度だな。アメリカは以前から用意していたのか」「いいえ、1カ月弱の手早い改造です」アメリカの成果報告にイギリスの国連大使が軍事技術に興味を持って質問してきた。ロシアと中国も同じ点に関心を抱いたのだが、アメリカの優越性を認めることになるため黙殺していた。
「それでアメリカとしては北朝鮮の新たな核攻撃に対する懲罰は今回の事故で相殺するつもりなのかね。昨日は10機近くの戦略爆撃機を沖縄とフィリピンに派遣していたようだが」悪意を以って当事者の腹を探り、起こさないで良い波風を立てるのは資格もないのに政治的立ち回りで常任理事国になったフランスだ。フランスは第2次世界大戦ではナチス・ドイツに敗北して親ドイツのヴィシー政権が成立したが、イギリスに逃亡していたドゴールが実態のない亡命政権を名乗り、個人参加の武力闘争に過ぎないレジスタンスの僅かな戦果を過大に報道させて連合軍の一員としての地位を捏造した。その後も常任理事国としての資格を確保するため核兵器と宇宙ロケットの開発を進めたが中身がないのは相変わらずなので、政府や経済界の首脳は存在感を演出するため相手が嫌がる発言を常用している。
「いいえ、単に攻撃目標の1つが自滅しただけのことです。意図的に日本の原子炉3基を破壊して放射能汚染を発生させた大罪には断固として軍事制裁を加えなければなりません」この発言を引き出してフランスの国連大使は何故か冷やかに笑いながらうなずいた。
- 2022/08/27(土) 15:45:47|
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