対韓国、対中国の武力衝突が停滞したまま長期化して治安出動が陸上自衛隊の主たる任務になると防衛出動待機命令の発令に伴って召集されていた即応予備自衛官は自宅待機になった。そのため森田予備3曹も家族が待つ広橋牧場に戻り、酪農の仕事を再開した。
「謙作よ、今回の騒動では屯田兵の出番はなさそうだな」深夜の搾乳が終わり、居間で軽食を取っていると義父が声をかけてきた。義父は10歳年上の照子の父親だけに森田の父親よりも年長でとうに還暦を過ぎているが今も牧場の経営の傍ら酪農の仕事に励んでいる。だから森田予備3曹が招集から戻り、仕事に復帰したことを家族と同時に経営者としても安堵していた。
「北海道でも札幌や小樽、函館なんかの都市部では在日中国人や半島人が拳銃の不法所持で摘発されていますから油断はできません」「旭川は大丈夫か」「旭川から稚内までの道北地域は重要防衛地域として警察が外国人の行動を厳重に監視していますから今のところは発見されていません」森田予備3曹の説明に居間の長テーブルに並んで座っている叔父たちも顔を見合せてうなずいた。旭川では対岸の火事だが国会議事堂での銃撃戦以降、全国各地で続発している拳銃を使った犯罪は経験がないだけに多くの日本人は不安を共有しているのだ。
「昔の日活アクション映画では北海道の牧場で西部劇みたいな射ち合いをやっていたが・・・」「小林旭ね、若い頃の貴方みたいで格好よかったァ」義父の説明に給仕をしている義母が水を差したが誉め言葉なので照れたように小声で「馬鹿」と呟いた。どうやら2人が結婚前にデートで見た映画のようだ。夏の沖縄と同様に冬の北海道も映画がデートの定番だったらしい。
「あんなことが現実になったら牛が驚いて乳を出さなくなってしまうよ」「日活ってポルノじゃあないのか。俺は泉じゅんが好きだったな」「水島裕子に三崎奈美も好かったぞ」「相変わらず日活マニアだな」義父の真面目な意見に叔父たちは勝手に話を反らして盛り上がり始めた。森田予備3曹は日活ロマンポルノではなくAVビデオの世代だが、父親の森田定年2佐が自室にビデオをコレクションしていたので夏休みなどに母親が外出すると持ち出して鑑賞していた。
「こいつらは知らないだろうが敗戦して間もない頃、北海道にはシベリア抑留で共産主義に洗脳された引き揚げ者が多かったんだ。ソ連はそれを利用して大量の武器を北海道の日本共産党に渡して独立革命を起こさせようとした。当時は占領下で日本の警察の捜査は制限されていたから結構、本格的な革命軍になったらしい。その革命軍の名前が占領軍に対抗する自衛隊って言うんだから皮肉だよな」義父は馬鹿な叔父たちを無視して婿の森田予備3曹に北海道の自衛隊でもあまり知られていない郷土史の暗部を語った。
「つまり今の中国は在日中国人と半島人に武器を渡して革命を起こさせようとしていると言うことですか」「あいつらはこの国の人間ではないから革命ではないだろう。単なる暴動だな」この話題は航空自衛隊の基地警備の第一人者である森田定年2佐の専門分野だ。最近、森田定年2佐はレーダー・サイトや高射部隊には警備幹部の配置がないことを問題視して古巣の第3術科学校に基地業務小隊長になる可能性がある職種の幹部課程での警備戦術の講習を実施するように提案して実現させた。すると奈良の幹部候補生学校から「全ての幹部が基地警備に熟達するように課程教育として取り入れたい」と助言を求めてきて非常に感動していた。森田定年2佐は本来、航空教育隊の戦闘様相が全く違う陸上自衛隊を模倣した形式的な地上戦闘や歩哨の訓練を改革して全ての空曹空士に基地警備要員としての知識と技量を付与したいと考えていたのだが、人事を統括する航空幕僚監部輸送室から打診を受けた航空教育隊が拒否したため航空教育集団司令官に就任していた浜松時代の群司令に訴えて第3術科学校に警備課程を新設させた。その航空教育隊は防衛出動待機命令が発令されて新隊員課程が全国の各航空団による短期教育に移行したため開店休業状態に陥り、特に日本海側レーダーサイトの基地警備の増強要員としての派遣を拒否して教育職種の隊員が揃って退職を申し出た防府南基地では噂を聞いた地元市民からも激烈な侮蔑の声を浴びせられ、仮に派遣が実施されて退職しても地元では就職先がない状態になっている。
「北海道でも中国に水源地の山を売る奴がいるから協力者が出ないとは限らん。ホテルやスキー場、観光バスやタクシー、観光地の個人商店も春節の中国人ツアーで経営が成り立っている状況だから信用できんぞ」義父の指摘に森田予備3曹は重苦しい気分でうなずいた。確かに北海道でも細菌兵器を真っ先に伝染させられるまでは「中国人ツアーを当て込んで雪祭りの開催時期を春節に合わせろ」と言う意見が公然化していた。
「戦争になったら謙作たちは樺太の88師団のように山に潜んで戦うんだろう。それでも陣地の所在地を敵に通報する奴がいるかも知れん。その時は迷わず裏切り者を殺せ。それが自分たちを守る手段だ」今日は屯田兵の血統をひく義父が戦争のプロのように見えてきた。
- 2022/08/29(月) 14:43:46|
- 夜の連続小説9
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