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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月30日・ユーゴ空爆=デリバリット・フォース作戦が始まった。

1995年の明日8月30日に1991年に勃発したユーゴスラビア内戦で優勢に立ち、分裂した地域住民の無差別殺傷などの国際法違反を常態化させていたセルビア人勢力をNATO軍が懲罰し、地上部隊による進攻・占領を実施する狼煙(のろし)になった空爆=デリバリット・フォース(邦訳すれば「軍の配達」)作戦が開始されました。
旧ユーゴスラビアは第2次世界大戦中にナチス・ドイツの支配に抵抗したバルチザンが戦後のソビエト連合による東ヨーロッパ支配を後ろ盾にして中世からカソリックのスロベニア人とクロアチア人、ギリシア正教会のセルビア人とモンテネグロ人にマケドニア人、イスラム教のボシャニャク人などの民族対立が内在していた地域を無理やり単一国家にしたためヨシップ・ブロズ・チトー大統領の長期政権下でも不満が鬱積していて1980年5月4日に大統領が死去すると民族抗争化しました。そして1991年6月に旧ユーゴスラビア国内でも経済的に発展していたスロベニアとクロアチアが独立を宣言するとドイツが他のEU諸国の反対を押し切って単独承認したことで民族抗争が内戦に激化したのです。その後はチトー政権時代に対立するソビエト連邦の侵攻に備えて国民皆兵化していた豊富な武器と弾薬、強力な軍需産業を使用して敵対する民族を自らの手で抹殺するかのような文民虐殺が各地で繰り返され、現地を視察したNATO軍関係者が「これがヨーロッパで行われていることが信じられない」「ナチスでもここまでやらなかった」と絶句するような惨状が現出していました。
そんな中、スルプスカ共和国を建国したセルビア人勢力がボスニア・ヘルツェゴビナ領内のボスニアに迫撃砲を国際連合が設定した非戦闘地域の市場に射ち込み、文民38名が死亡する事態が生起したことでNATO軍は軍事介入を決定し、アメリカ海軍の原子力航空母艦・セオドア・ルーズベルトをアドリア海に派遣するのと同時進行でアメリカ空軍を主力とする290機の軍用機を対岸のイタリア半島などの18ヶ所の基地に配備して作戦準備を整えました。そして8月30日の午前2時頃にデッド・アイ作戦と区分されるEAー6、EFー111、EC-130による電子戦で警戒レーダー網を遮断した上で、セオドア・ルーズベルトを発艦したFA-18とイタリアのアビアノ空軍基地から離陸したF-16がスルプスカの地対空ミサイル基地と指揮施設を空襲したのです。NATO軍は作戦準備段階にスルプスカ軍の地対空ミサイルによってアメリカ軍のF-16、イギリス軍のシーハリア、イタリア軍のG222輸送機を撃墜されていたためこの攻撃は念入りだったようです。
そして攻撃終了後、NATO軍はスルプスカ政府に対して48時間の攻撃休止と交渉開始の猶予期間を与えましたが進展は見られず、9月5日に攻撃を再開するとクロアチア軍もスルプスカに占領されている地域の奪還を企図して地上部隊を進攻させ、形勢は逆転しました。しかし、9月14日に停戦に合意しながら10月には空中監視で違法行為を発見して再度攻撃を加え、最終的には11月1日のセルビア人、ボスニア人、クロアチア人の政治指導者による停戦合意文書への調印まで待たなければなりませんでした。
  1. 2022/08/29(月) 14:44:57|
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