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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ242

「加光寺さん、今日も国際郵便です」「英語じゃあないのによく配達できるね」山口県下関市でも長門市との境界線地域にある栗野郵便局の屯田信彦局員は今日も担当している加光寺の傍樹森蔵(ソバジュモリゾー)和尚に郵便物を配達していた。傍樹和尚は檀家には元自衛官と説明しているが実際はフランス外人部隊の下士官でそのため海外からの郵便物が多い。
「この地区で外国から郵便が届くのは数軒だけだから横文字の宛先を調べるくらいは業務の内ですよ」屯田局員は庭掃除をしている傍樹和尚に輪ゴムでまとめた封筒の束を手渡したが、一番上に国際郵便を括ってある。その宛先は英語などのアルファベットではなく調べて判ったアラビア文字だった。粟野地域には中国語の簡字体やハングル文字の手紙が届く元教員がいるが、アラビア文字の書簡が届くようになったのは傍樹和尚が来てからなので局長が宛先をインターネットで調べて確認した。その時、コピーを取ったので読めなくても形で照会している。したがって差出人が何処の誰かは判っていない。
「ふーん、ムハンマドはヨルダンに帰ったのか」傍樹和尚は輪ゴムを外して一番上の封筒を裏返すと差出人を確認して呟いた。この1通以外は新聞で広告が入らない周南市や広島市、京都市の佛具店と法衣店からの商品案内なので見るまでもない。それにしても一目見ただけでアラビア語を判読できる傍樹和尚の語学力には恐れ入る。
「そう言えば若狭湾の原子炉封鎖作戦が成功したみたいで安心ですね」「そうかな。ワシは次の一手が心配だがな」屯田局員は世間の話題を口にして次に向かおうとしたが気になることを言われてバイクのアクセル・レバーの手を放してしまった。屯田局員は傍樹和尚に雑談で教えられた銃撃を受けた時のバイクでの回避行動のおかげで対馬から移住している島民への生活支援手当を狙った在日半島人に実弾を発砲されても無事に回避することができた。事件の後、事情聴取を受けた栗野駐在所の警察官は回避行動の実用性に感心して「白バイの交通機動隊にも教育してもらいたい」と言っていたが本来、屯田局員には不要な戦闘知識だ。しかし、実際に命拾いしている屯田局員としては護身のために聞き逃すことはできない。
「これで放射能漏れを起こして韓国軍の核戦争対処部隊を日本国内に上陸させようとした作戦は頓挫した。関西圏への送電線破壊も自衛隊に制圧された。さて次はどうする」傍樹和尚は思いがけない質問に困惑している屯田局員の顔を覗き見た。
「これは元下士官に過ぎない拙僧の推察だが、韓国軍の特殊部隊を日本に潜入させて在日の破壊活動を強化するんじゃあないかな」「折角、警察と自衛隊が抑え込んで平和になってきたのにですか」「だから激化させるんだろう」銃撃を経験したはずの屯田局員が戦闘の本質を理解していないことに傍樹和尚は少し語気を強めて補足した。侵攻を企図する側が相手を混乱させ、困窮させ、危険な状態に陥らせて勝機とするのは国際常識だ。
「山口県、それも下関市では双木外務大臣が狙われる危険性が高いな。浜防衛大臣が健康を損ねて退任してから武力衝突の指揮を実際に執っているのは双木大臣だ。加倍首相に続いて双木大臣まで暗殺されれば石田政権は腰砕けになって無条件降伏しかねない」「双木さんは下関市に自宅がありますね」「日本海から潜入するとすればこの辺りが上陸地点だ」思いがけない見解に屯田局員は動揺してバイクの座席から地面に伸ばしている両脚に力を入れた。
加倍首相の暗殺犯は「韓国内で反共産主義を主導している」との売り込みで祖父の浜首相に接近してきたキリスト教系宗教団体への怨恨が動機と証言しているが、実際は母親の影響で本人も入信していた可能性も完全に否定することはできない。一方、双木外務大臣は東京での政務が極めて多忙で下関市の自宅に戻ってくることはないが、だからこそ狙う機会は迫っている。
2・26事件の後、山口県出身の寺内寿一陸軍大臣は建軍以来最悪の大不祥事を犯した責任を悪ぶれることなく政党政治家たちに「陸軍の意向に背けば青年将校の不満を抑えられない。お前も殺される」と脅迫して政府に陸軍大臣現役制(それまでは予備役でも陸軍大臣になれた)を呑ませ、大臣を推薦しないことで組閣を阻止する卑劣な政治手段を手に入れた。確かに日本の台湾防衛への関与を明言した加倍首相に続き、日中・日韓の武力衝突を指揮している双木外務大臣まで凶弾に斃れれば寺内陸軍大臣の恫喝に屈服して政治による軍の統制を放棄した戦前の政界と同じ醜態が再現されても不思議はない。その点、加倍首相は健康を害して退陣した時、地元の支持者から「参議院の双木さんと交代して解散を気にしないでユッタリと政治家としての人生を全うしなさい」と助言されたが「父は末期癌に侵されながら最期まで国家のために外務大臣、政治家としての職務を全うした。私もそれを倣うつもりだ」と決して死を恐れない政治家としての覚悟を示した。バイクで走り出した屯田局員は自分の郷土の血染めの歴史を再認識して流石に背筋が寒くなった。
  1. 2022/09/09(金) 15:23:59|
  2. 夜の連続小説9
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