昭和54(1979)年の明日9月12日に故郷を離れて暮らしている九州男児たちが口にすると人目をはばからずに感涙していたインスタント・ラーメンの「うまかっちゃん」が九州全域(沖縄県を除く)と山口県限定で発売されました。
「うまかっちゃん」は意外にもインスタント・カレーのイメージが強いハウス食品の製品です。当時、ハウス食品は昭和48(1973)年にインスタント・ラーメン事業に参入して「シャンメンしょう油味」や「たまごめん」「つけ麺」をヒットさせていましたが、福岡県古賀市にある工場から「社員がハウスの商品を食べない」「醤油味は九州人の口に合わない」「やっぱり九州人は豚骨味だ」と言う声が上がったためハウス食品福岡支店長が「ウチでも九州で売れる商品を作ろう」と本社に提案して開発が始まったのです。
しかし、当時は中華風味でなければ味噌、醤油、塩味の札幌ラーメン(本当は味噌=札幌、醤油=旭川、塩=函館)が主流だったので豚骨味は誰も知らず、急遽、九州男児で固めた開発担当者が帰郷する度に地元の名店を巡り、試作品を社内外の九州出身の女性に味見させて製品化に辿り着きました。商品名とパッケージは福岡出身のグラフィック・デザイナーの西島伊三雄さんの作品で、当初は「こらうまか」に内定していたのですが「語感が耳に残るから」とこちらに決まったようです
発売後は漫画「博多っ子純情」の郷六平と小柳類子を登場させるコマーシャルが大人気になった効果もあって販売区域内ではインスタント・ラーメンの本家・日清食品や地元最大手のマルタイを抑えて売り上げのトップに躍り出て現在も維持しています。
「うまかっちゃん」の販売区域は九州全域(沖縄県を除く)と山口県に限定されているため愛知県出身の野僧は航空自衛隊の防府南基地に入隊してBX=基地売店の「ラーメン各種(インスタントの銘柄のこと)」の看板を出している軽食店で食べるまで知りませんでした。しかし、九州人ではないので特に思い入れはなく食べ慣れている札幌ラーメンの味噌や塩とのローテーションに加えただけでしたが、基礎課程を修了して浜松に移動すると九州男児たちが禁断症状を発症して外出で市内のデパートやスーパー・マーケットを探し回るようになりました。それは沖縄に赴任しても同様でシフトの夜食に出るインスタント・ラーメンの「サッポロ一番」を千歳基地から来ている隊員が美味しそうに食べているのを見て九州男児たちは「豚骨ラーメンが喰いたかァ」と呟いていました。そこで野僧がそんな隊員たちの思いを業務隊給養小隊の担当者に訴えると築城基地の知り合いに頼んで夜食用のラーメンを交換する形(先に同数・同価格のインスタント・ラーメンを輸送機で送った)で「うまかっちゃん」を取り寄せて夜食に出してくれたのです。そしてシフト勤務者が出勤した月曜日の午後に「うまかっちゃん」を配って回ると箱を見た九州男児たちが駆け寄ってきて「今週はこれね」「来週も同じね」と質問責めにしたので「今週は特別に取り寄せたので毎週は無理」と答えると非常に落胆していました。ところが後で聞いた話ではシフトではない九州男児も食べてしまい「やっぱ美味かァ」と感涙しながら汁まで飲み干したそうです(中には器を舐めた奴もいたらしい)。
- 2022/09/11(日) 15:59:20|
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