続・振り向けばイエスタディ２４６

「これは酷いな。閉店してシャッターを閉めてから裏口に放火されては逃げようがない」山口県下関市内にある在日半島人の商店街＝コリア・タウンで火災が発生した。消火が終わり、消防と警察の専門家による合同現場検証が始まると警察の指揮官はまだ煙が立ち上っている火災現場を見回しながら所見を口にした。焼け落ちた店舗の表通り側には閉じられたシャッターが鉄製の支柱と一緒に倒れ掛かっていて住人の避難を阻んだことは容易に想像できた。
「しかも灯油ではなくガソリンを大量に撒いたようです」「確かに臭いが違いますね」「燃え方も違います。ガソリンでは水をかけても消火できない」隣りに立っている消防の指揮官の説明に警察官は狭い裏通りで撤収作業をしている消防車の中に見慣れない化学消防車があることに気がついた。車体の側面に記されている所属名は「下関港消防」とある。どうやら船舶火災用に化学消防車を保有している下関港に派遣を依頼したようだ。
「この路地は狭いから困りましたよ。通常の消防車も延焼を防ぐため近隣の家屋への放水を中断する訳にはいかない。かと言って化学消防車でなければ火元は消し止められない。そこで大通りで化学車を挟む形で縦列を作って路地に進入して消火を再開しました」警察官は消防の臨機応変な対応に感心した。警察も昭和の時代には続発する大規模デモや過激派のテロに対処する警備と犯罪捜査に当たる刑事、何よりも住民の生活を守る派出所や駐在所が一体化して世界最高の治安を守っていた。それが平成に入るとテレビが刑事ドラマを放送しなくなったのに合わせるようにマスコミは事件が発生したことを警察の責任に転嫁するようになり、それを受けて警察のエリート官僚たちは取り締まりによる犯罪防止だけを指向するようになった。そのため２０２２年７月８日の加倍首相の暗殺事件を生起させた組織の劣化は現場の懸命の努力で喰い止めていても箔付けの腰掛けに来ている都道府県警本部長は「非常事態に備えることは発生する可能性を認めること」と言う官僚的発想でむしろ制限を加えているのだ。
「警部補、ガイシャ（被害者）です。２人います」消防の指揮官が火元を特定する検証作業に向かうと焼け落ちた家屋の柱材をくぐって奥に入っていた警察官が声をかけてきた。火災の現場検証は警察と消防が合同で実施するが、消防は火災原因と延焼状況、消火設備の作動の確認が目的なのに対して警察は事件性の有無や被害者の特定、発生状況などの初動捜査になるので着眼点が異なる。警察の指揮官は非常に滑る化学消防車が散布した白い泡状の消火剤に気をつけながら奥へ進んだ。すると居間と思われる６畳部屋が焼け落ちた床に２人の警察官が下り立っていた。１人は場所を換えながらデジタル・カメラで写真を撮影し、もう１人は姿勢を正して指揮官を見上げ、「来客があったようです」と説明した。
「完全に黒焦げで骨も炭化しているな。これでは検視に回さないと性別も年齢も判らん。身元特定は遅くなる」指揮官は５０センチほど落差がある床に下りながら記者会見で署長が被害者や死因を説明できないことを記者に追及されて苦虫を大量に頬張った顔を思い浮かべた。
「どうやら火元はここですね。犯人は被害者たちにガソリンを降りかけてから外に出て火を点けた。ガソリンを筋状にこぼして導火線にしている。これはかなり手慣れた犯行ですよ」「ガイシャに逃げようとした形跡がありませんから殺（や）ってから火を点けたんでしょう」警察の指揮官が写真の撮影が終わった遺骸の横に膝をついて状態を確認していると消防の指揮官が別の消防士と入ってきた。確かに２人の遺骸だけでなく座卓や座布団、家具やテレビから天井まで激しく炎上して床も抜けている。それでいて２人の遺骸は座卓の席に着いたままで、対面に座っていることから来客に応対していたことが推理された。
「はい、国重（くにしげ＝苗字）です。はい、はい、それは偶然にしては・・・了解しました」その時、警察の指揮官の公務用スマートホンが鳴った。相手は鑑識課長だった。
「何事ですか」「大阪と新潟のコリア・タウンでも殺人事件が発生したそうだ。大阪は拳銃で射殺、新潟は拳銃で射殺した後に放火されたが鎮火が早くて遺体の弾痕が確認できたらしい・・・」消防の指揮官の確認に警察の指揮官は聞いたままを答えた。それでも続きがあるような表情に４人は視線を強めて補足説明を促した。
「このガイシャもそうなんだが、在日でも日本と韓国の戦争に反対していた連中の指導者ばかり狙われたようだ」「いわゆる親日派か」「今の韓国で親日は裏切り者を意味します」警察と消防の指揮官同士の対話を両者の隊員たちは真顔で聞いていた。
「そうなるとこのガイシャにも弾痕があるかも知れませんね。逃げられなかったと言うことは至近距離から頭部に１発の可能性が高い」「早く検視に回しましょう」警察官たちの意見に指揮官２人と消防士は遺骸を注視したが、頭蓋骨は一般的な焼死体と同様に脳の膨張で継ぎ目が破裂して弾痕は確認できなかった。