「日本人ってホンマに不思議な連中やな」近鉄の終点・大阪市の京橋にあるコリア・タウンはその日も賑わっていた。夕暮れ時のアーケード街を行き交う客は半島料理の食材を買いに来る大阪市内や奈良・三重県在住の南北半島人よりも焼肉目当ての日本人の方が多い。商店街の会長を務める輸入雑貨店の店主は隣りのCDショップの店主と店番を兼ねた立ち話をしていた。
「ホンマや。韓国どころか北とまで戦争になっても韓国料理を食べに来るんやからな」「韓国じゃあ日本料理店が襲われたり、日本製品を壊されてるのに、ここじゃあ平和なもんだ」意見が一致したところで店主たちは苦笑して目の前の通行人を眺めた。時折混じっている外国人観光客を除けば通行人の会話は揃って日本語の関西弁で、顔の作りは似ていても表情が全く違うから一目瞭然だ。日本人でも関西人は非常に大陸的だが、その無防備な解放感は半島人にはない。今の半島人は日本生まれの日本育ちが大半だが、家庭内では母国の儒教式の躾が維持されているので性悪説・性愚説的な人間関係に対する警戒心が身についている。本来は君主論である儒教では臣下を指揮し、領民を統治するためには相手が常に悪事を企て、怠惰に流れることを認識して隅々どころか裏にまで監視の目を行き届かせるように説いている。その点、日本では江戸幕府が士分の倫理、領民の道徳に変質させたため忠誠一筋・滅私奉公の性善説に逆転している。それが両者の周囲を見る目つきの違いに表れているのだろう。
「毎度あり」そこにCDショップから制服姿の女子高生たちが出てきて店主が声をかけた。CDショップは客寄せにKポップを流しているが、韓国の店が日本の歌で同じことをすればペンキで店頭を汚され、投石でガラスを割られ、例え放火されても警察は真剣に捜査しないはずだ。
「お前の店も相変わらずKポップのCDを買いに来る女子高で商売繁盛やないか」「おかげさんで、毎度おおきに」雑貨店の店主の皮肉にCDショップの店主は肩をすくめて答えた。そうしてCDショップの店長は妻とレジを交代するため店内に入っていった。
「おっちゃん、えろう儲かってまんな」「ウチはボチボチですわ」相変わらず客が来ない店先に取り残された雑貨店の店主に見覚えがない中年男性が声をかけてきた。店主が長年培ってきた識別眼ではやはり半島人だ。一見して愛想よく微笑んでいるが、詐欺や恐喝は警戒しなければならない。この辺りはやはり韓国人なのだ。
「おっちゃんはこの商店街の会長やんか、商店街全部のことを訊いてるんや」「見た通りの客足やから儲かってる店は儲かってまっせ。だけどウチはあきまへん」店主は自分を商店街の会長と知っていることに不審感を抱いたので詐欺に予防線を張って答えた。それでも実際に韓国や中国からの輸入雑貨の人気は大規模な100円ショップがアジア圏で生産した事実上の輸入雑貨を大量に販売するようになってからは長期低落傾向にあり、活路を見出すため外国人観光客目当てに民芸品などに手を広げたが多様な好みに振り回され、開店当初の在日半島人を相手にした韓国雑貨専門店に戻すべきが悩んでいるところだ。店主は先ほどからヨーロッパ人の観光客が持っている商品を見ているのだが、店に置いている模造刀や民芸品よりもゲームやフィギヤなどが多く70歳目前の店主には対応できそうもない。
「この商店街は儲かってるから母国の戦争に協力しないんやな。おっちゃんは日本と韓国のどっちに忠誠心を抱いてるんや」「ワテはどっちも大事や。それでも原発にミサイルを射ち込んだ北は許せんな。エライ迷惑でっせ。あれが中国の命令やったら同罪や。韓国が協力してるんなら共犯や」店主の答えに男性の顔から愛想笑いが消え、目には暗い光が点ったが、店先でヨーロッパ人の観光客が買ってきたアニメ・グッズを見せ合い始めたのでそちらに意識がいっていて気がつけなかった。気がつくと男性は立ち去っていた。
「ユン=尹さん、好い気分でんな」「アンタは夕方の・・・」雑貨店の店主は閉店すると商店街のコリア・タウンの裏路地にある行きつけのスナックに出かけた。そこで妻よりも10歳若いママとカラオケを歌い、時にはチークを踊るのがせめてもの息抜きだ。ただし、ボトルのキープ料金は妻に制限されているので酔うほどは飲めない。そんなほろ酔い気分の帰り道で店主は前に立ちはだかった人影に声をかけられた。それは店番をしている時、「えろう儲かってまんな」と声をかけてきた不審な男性だった。
「ここで会ったから奥さんは助かった。ほんまに愛妻家でんな。それに商店街も火事にならずにすんだ。立派な会長はんや」男性は少し痺れた頭で状況を分析している店主に早口に声をかけるとウェスト・ポーチから拳銃を取り出して銃口を額に押し当てた。
「ヒ・・・」パーン、店主が悲鳴を上げるために大きく息を吸った時、男性は引き金を1度引いた。中国人と半島人が多い大阪では発砲事件が日常化していてこの路地でも何度か発生しているため住民の反応は鈍かった。店主の遺骸は通行人に発見されるまで放置されていた。
- 2022/09/15(木) 15:30:59|
- 夜の連続小説9
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