「今回の北軍の参戦には同じ民族として大いに感激しています。全身で民族の血が燃え上がっているようです」その夜、新潟のコリア・タウンの商店街会長の家には市内の民団=在日本大韓民国民団の幹部が訪れていた。来訪目的についてはこれまでの在日半島人共同で実施してきた銃撃テロと今回の北朝鮮の弾道ミサイルによる原子炉の破壊に対する礼と電話連絡を受けている。新潟は戦時中、農家の息子たちが徴兵されて深刻な労働力不足に陥ったため朝鮮半島で小作人を募集して多くの移住者を受け入れた。すると日本の居心地が良かったのか敗戦後も帰国しないで定住する者が続出した。しかし、朝鮮戦争が勃発すると日本に残留した半島人も出身地と思想信条で二手に分かれて敵対するようになり、李承晩政権当時には日本に潜入した韓国の工作員が北朝鮮の傷病者を入院させていた新潟赤十字病院の爆破を企てる事件も発生した。その後、日本国内で北朝鮮を「地上の楽園」と賛美する映画や小説が次々に発表されて帰国ブームが起こると北朝鮮と直行航路で結ばれていた新潟には旅券や出国ビザを持たない帰国希望者が集まった。そのためコリア・タウンの住人も北朝鮮系が多い。
「全て書記長陛下の御聖断ですから感謝は平壌に向かって申し上げて下さい。平壌はこちらです」会長は土産代りの金一封を受け取ると妙にかしこまって答え、北西方向の壁の最上部に掛けてある北朝鮮の金王朝3代の肖像写真を右手で差し示した。その手が5指を揃え、真っ直ぐに伸びていることでも最大限の礼節が伝わってくる。戦前の日本でも地域の神社が配った天皇皇后の肖像写真を梁の神棚の脇に掲げていたが単なる装飾品に過ぎず、佛檀で先祖代々を供養する方が真剣だったらしい。北朝鮮は戦前の日本を模倣して軍国主義国家を建設し、国民に絶対的忠誠心を植えつけていると言われているが、こちらの方の成功しているようだ。
「最近は自衛隊の拳銃の調査が我々にも広がっていてかなり摘発されていますが、北の皆さんはどうですか」「ウチも同様ですよ。むしろ敵視されている分、優先して捜査しているように感じています」「中国との関係は我々よりも深いですからある意味では当然ですね」民団の幹部の答えに会長は何故か目を険しくした。在日中国人デモ隊による国会周辺での銃撃戦を受けて治安出動した自衛隊は全国一斉に中国が大量に持ち込んで在日中国人に配布していた小型拳銃・92式手槍と弾薬の捜索を開始した。数万人の自衛官が専従で捜査したため相当数を押収して「銃砲刀剣類所持等取締法」違反で摘発された在日中国人は一律に国外退去処分を受けたので最早根絶やし状態になっている。その一方で中国は自衛隊への治安出動が発令された直後に拳銃と弾薬を在日半島人に譲渡して犯行を継続させることを指示してきたが、在日半島人は合計約73万人なので南北が協力すれば中国人約79万人の代行は十分可能だった。
「ウチも捜索を受けたんですよ。倉庫に保管してあった仕入れた商品の箱まで開けさせて確認するんだから自衛隊って警察の方が本業みたい」そこに茶を運んできた妻が不機嫌そうに説明した。海外では軍は戦闘と言う破壊活動を業務にしているため不審物を捜索するのも力任せで大雑把なことが多い。ところが自衛隊は射場で紛失した空薬莢1つを探すにも射座の土手を撫で回し、土手の下に横一列に並んで這うくらいなので警察以上に綿密なのかも知れない。
「それを言うなら災害派遣でしか活躍していないから消防の方が本業でしょう」新潟市内の空港には航空救難隊が所在していて救命救急で活躍しているからこの皮肉にも真実味がある。どちらにしても「軍隊として大したことはない」としか思えない自衛隊に全く歯が立たないことが南北両半島人には腹立たしかった。
「それで拳銃は見つからないですんだんですか」「うん、日本人の協力者に預けておいたから見つからなかった」「日本人の協力者って教員でしょう。学校に隠したんですね」民団の幹部の気軽な見解に会長の目は先ほど以上に険しくなった。同じように敗戦後の日本で生まれ、日本で育ってきても日本の小中学高校大学で学び、軍人政権だった母国以上の平和と自由を満喫してきた民団の幹部と朝鮮学校で海を隔てた母国と最高指導者への絶対的忠誠を教え込まれてきた会長では今回の「戦争」が持つ意味と覚悟が違う。日本人でありながら日本以上に中国や北朝鮮に忠誠を尽くしている教職員組合や公務員労組の活動家はこれまで敵対してきた民団以上の同志であり忠実な僕(しもべ)なのだ。
「それにしてもテポドンの工場の爆発は酷いものでしたね。原因は何だったんですか」「あれはアメリカの爆撃機が空襲したんだ。迎撃するはずの南軍(韓国軍)は裏切った」快活に喋り続ける民団の幹部の言葉を遮るように会長は座布団の下から拳銃を取り出した。そして座卓越しに発砲すると民団の幹部の身体を貫いた弾丸が部屋の隅に置いてあるストーブの灯油タンクに当たり、燃料が流れ出して急速に床に広がった。それが仰向けに倒れた民団の幹部の指から落ちた煙草の火に届くと夫婦が初期消火する術(すべ)もなく燃え広がった。
- 2022/09/16(金) 15:41:37|
- 夜の連続小説9
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