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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月18日・カップヌードルの発売が始まった。

昭和46(1971)年の明日9月18日に「カップにお湯を注いで3分で食べられる」究極のインスタント食品=カップヌードルの発売が始まりました。
カップヌードルは日清食品の安藤百福さんが昭和41(1966)年にチキンラーメンを売り出そうとアメリカに赴いた時、現地には丼ぶりや箸がないことに気づいて紙コップにお湯を注いでフォークで食べる軽食を思いついたのだそうです。その後は毎度の如く容器の材質や加熱しないで調理できる麺や具の研究に没頭して大変な試行錯誤の末に完成に漕ぎ着けました(麺の底部を空洞にした構造なども研究成果)。
発売当初、野僧は愛知県岡崎市で暮らしていたためテレビのコマーシャルで見た妹は早速、母親の買い物に同行して買ってもらって美味しそうにすすっていましたが、野僧の分はなくて毎度の「トノサマラーメン(松永食品が尾張と西三河地区限定で販売していたチキンラーメン式にお湯をかける調理方法の中々美味いラーメン)」でした。それから妹は日曜日の昼食として毎週食べるようになり、完全に病みつきになりました。
ところが昭和49(1974)年に東三河のド田舎の三悪道に引っ越すと町内の店では売っておらず、代わりに「金ちゃんヌードル」が置いてあったので妹はこちらに乗り換え、遠距離通勤になった父親の帰宅時間が遅くなったので夕食までの腹つなぎに常食するようになりました(運動部だったので腹が空いたようですが、当然太りました)。
そんな野僧がカップヌードルと本格的につき合うようになったのは航空自衛隊に入ってからで、自衛隊では発売当初から当直や警備の加給食に採用されて、内務班・営内班=寮に調理場がないため隊員の夜食としてもBXで販売していて完全に定着していたのです(後に具を減らして麺を増やした自衛隊限定の「SDFヌードル」も発売された)。ただし、整備員の夜勤用は単価の関係で通常のインスタント・ラーメンでした。
さらにアラスカ人の彼女とつき合うようになると嘉手納基地のBXで買った「カップ・オー・ヌードルズ(アメリカ版の商品名)」を割り箸ではなくフォークで食べるようになって日本食の麺ではなく洋食のヌードルとして味わうことになりました。
「カップヌードル」と「カップ・オー・ヌードルズ」はスープの味やヌードルの食感は同じでも具が多少違うようで輸出用を直接仕入れているのか、アメリカから取り寄せているのかは判りませんがアメリカの味でした。ちなみにアメリカの商品名に入る「オー=O`」は「of」の省略形で、「ヌードルズ」と複数形なのは「ヌードルが1本ではないから」とも「今後の商品ラインナップのため」とも説明されました。
日本でカップヌードルの知名度が上がったのは浅間山荘立て篭もり事件で包囲する警察官たちが氷点下の気温で食品が凍りつく中、湯気を上げるカップヌードルで人心地ついている光景がニュース映像で流れたことですが、その後もカップヌードルは地域別の味と具材の好みと宗教上の戒律に背かない食材の選定や国ごとに基準が違う環境問題に配慮した食器の材質の変更などの行き届いた企業努力もあって80カ国以上で販売され、2021年には累計販売数500億食を達成しています。
  1. 2022/09/17(土) 15:52:23|
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