「今日も集会をやっているのね」岡倉と聖也を送り出した後、洗濯物を干して掃除を始めた知愛は点けているテレビの中国資本に株式を買い占められているチャンネルが反日集会のニュースを報じ始めたのに気づいて掃除機を止めた。場所は安全保障理事会が開かれている国際連合本部に近いニューヨーク市の公用地の広場だ。最近は中国の主張の宣伝媒体になっているこのチャンネルでも反日集会は単なる行事として視聴者に注意喚起するだけになっているが、今日は若い男性アナウンサーが現地中継している。
「今回の集会には先日の北朝鮮の弾道ミサイル格納庫の爆発事故はアメリカ戦略空軍のBー2爆撃機の攻撃によって発生したと断定しているカリフォルニア市の反戦団体も参加しています」戦争をカミに代わって悪を滅ぼす正当行為と確信しているアメリカでは第1次世界大戦のウィルソン政権、第2次世界大戦のフランクリン・ルーズベルト政権が参戦を模索していた頃、南北アメリカ大陸を独占支配する一方でヨーロッパやアフリカ、唯一の植民地・フィリピンを除くアジアには関与しないとする「モンロー主義を堅持すべきだ」と反対する声は上がったが、反戦運動は宗主国・フランスの撤退による共産主義化を阻止すべく軍事介入したベトナム戦争でマスコミがゲリラ戦に苦慮したアメリカ軍が文民を無差別殺害している戦況を「この戦争に正義があるのか」と疑問報道したことを徴兵を恐れる若者たちが発展させたものだった。その後、常勝のアメリカ軍がマスコミの批判報道に作戦を阻害されて苦戦を続け、結局は追い詰められて撤退するのを目の当たりにしたソ連や中国はマスコミによる反戦世論の扇動を西側の弱点として最大限に利用するようになった。
「アメリカは日本のために我々の母国を武力攻撃した。母国から移民してきた我々の曾祖父母たちがアメリカ合衆国のために献身的に奉仕してきたことに対する報謝がこれか」最近はこのニュースが一般視聴者の反発を買うため短時間で素通りしているのだが今日は半島人のリーダーの演説も取り上げている。中国としては北朝鮮の弾道ミサイルによる原子炉破壊を契機にアメリカの世論が日米安全保障条約の発動を容認する方向に走り出していることに対抗するため反戦団体の参加を利用するつもりのようだ。ロシアのウクライナ侵攻の時もアメリカやヨーロッパの反戦団体は表面上のみロシアを批判していても実際に主張していたのは武器供与を含む軍事介入への反対だった。所詮は中国の資金で活動している手下なのだ。
「我々の善導者・・・」ニュースが替わる時、韓国語の演説が始まりかけて切られた。どうやら反日集会の現場では英語とは別に韓国語でも扇動の演説が行われているらしい。始まり方から判断して英語の直訳ではない。おそらく反戦団体を含む一般のアメリカ人には聞かせられないような過激な内容なのだろう。しかし、夫・岡倉は杉本と共に素性を疑われている可能性があるため会場に潜入できなくなったと言っていた。知愛の胸に中国語の専門家として夫・杉本と中国本土の武漢市に潜入して今では新型コロナ・ウィルスと呼ばれている細菌兵器を採取した今田菊子=本間郁子や本来は自衛隊の海外情報要員ではない陸曹なのに極真会館空手黒帯の技量を買われてニューヨークに駆け落ちしながら日本大使館の保安上の申し出を拒否している元皇女の警護を担当している松山裕美の凛々しくも雄々しい風貌が浮かんだ。知愛には2人が危険を顧みずに夫と共に働く充実感と一体感を満喫しているように見えて仕方ない。
知愛自身も韓国陸軍の元少佐であり、今は2佐になっている本間と遜色はない。護身術は士官として跆拳道を本格的に習ったので素人で単独の一般男性くらいなら制する自信はある。何よりもニューヨークへ移住してきてからは聖也の学校でも日本人・杉村知愛で通してPTAでも日本人と日系人の集まりに参加しているので半島人や半島系移民と接触したことはない。
「旦那さま、やっぱり怒るかな。あんなに厳しく禁止したんだもん」掃除を終えた知愛はニュースで見た反日集会の参加者の服装に合わせてGパンとトレーナーに着替えた。教師夫婦の娘として生まれ、厳格な躾を受けて育った知愛はカソリック系女子大学を修了するとそのまま陸軍士官になったため家でもボタンで留める襟付きの上衣に膝下までのスカートだ。Gパンとトレーナー、夏のポロシャツは岡倉と聖也の家族3人で公園や郊外に出かける時用の特別な服装だ。この桜色のトレーナーは岡倉が選んだお気に入りだ。
「でも韓国語の演説は絶対に旦那さまの仕事の役に立つはずよ。怒られたって構わない。私も旦那さまのために働くわ。今、日韓は戦争状態にあるんだもん」着替え終わった知愛は普段の癖で長い鏡の前に立って服装を点検した。それでもGパンとトレーナーではベルトのバックルの位置くらいしか確認することはなかった。今日は化粧も口紅ではなく色つきのリップ・クリームで、髪もブラシで整えただけだ。参加者の服装を見る限り、反日や反戦に限らず動員されるのはやはり労働者階層が多いようだ。
- 2022/09/21(水) 16:21:16|
- 夜の連続小説9
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