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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ259

北朝鮮の弾道ミサイルによって破壊された美浜・大飯・高浜原子力発電所の原子炉がアメリカ戦略軍のBー2爆撃機が投下した鉛を混ぜたコンクリート弾によって埋設され、放射線量が低下したのを確認した陸海空自衛隊が鉛鋼板で放射線の遮断能力を強化したCHー47チヌーク輸送ヘリコプターで10トンの鉛を混ぜたコンクリートを積めたスリング(梱包袋)をセンターフックに吊り下げて上空から投下する作戦を継続した結果、若狭湾沿岸地域の放射線量が防護衣を着用した隊員がヘリコプターで現地に入り、短時間活動することが可能なレベルまで低下した。その第1陣が災害派遣を担当している中部方面隊から派遣された。
「放射線量は132ミリ・シーベルトです」「了解、今日は確認だけで引き上げるから心配ない」市役所の広い市民用駐車場の隅に白い塗料で「丸にH」と記されているヘリポートに着陸したUHー60ブラックホークから下りた2尉の指揮官と陸曹5名はヘリコプターのエンジンとローター(回転翼)が空気を切る音が吸い込まれていくような不気味な静寂に戸惑った。生活音が全くないのだ。それでもベテランの陸曹は冷静に担当業務を実施した。
「放射線と言うのは恐ろしいものだな」「細菌が活動しなかったんでしょう。だから人間の遺体や動物の死骸が腐敗せずに乾燥しているんですよ」市役所の市民用駐車場は行事の会場にも使うため異様に広く車両は建物の玄関前に数台停まっているだけだ。隊員たちが車両の間をすり抜けるように近づくと若い陸曹が乗用車のドアの前に倒れている中年女性とリードでつながれている小型犬のミイラ化した遺骸を見つけた。動物の遺骸は空気中の細菌によって腐敗が進みやがて白骨化するが、放射線には細菌を死滅させる効果があるためこの女性と愛犬の遺骸は腐敗することなく乾燥が進み、細菌が活動を再開した頃には干物になっていたようだ。小松左京の傑作SF小説「復活の日」では南極大陸を除いて全人類を滅亡させた細菌兵器・イタリア風邪のウィルスがミサイル管制装置の誤作動で始まった全面核戦争によって消滅する展開だったが、実際に除菌効果は絶大なのだ。
「それにしても緊急に避難している様子はないですね。この女性も茶封筒を抱えているところを見ると用が終わって帰るところだったみたいだ」「玄関に向かって歩いている人もいるな」隊員たちが車両の間を抜けていくと次々にミイラ化した遺骸を確認することになった。隊員は手順通りに携帯しているデジタル・カメラで遺骸を撮影した後、DNA鑑定用にピンセットで毛髪を抜いて茶封筒に入れ、写真の撮影番号を記入して腰に下げた図納(陸上自衛隊用セカンド・バッグ)に収めた。本来は安全管理の見地からも偵察と言う任務に徹して至短時間で撤収したのだが、野党とマスコミがこれまで被害者を放置してきたことを批判しているため政府直々に特別に命令された余計な仕事だった。
「あッ、自動ドアが作動した」「スイッチONのままだったから電力供給が再開になれば作動するんだろう」「この辺りに電気を送っても無駄なのに・・・」市役所の玄関に入り、陸曹の1人が自動ドアのガラスを割ろうとハンマーを取り出して近づくとドアが作動した。屋外では微かに聞こえた風の音もない静寂の中では怪奇現象のようだ。
「エアコンも効いてますね・・・この女性職員は美人だっただろうな」屋外に倒れている遺骸は1年近く風雨雪に晒されているため傷みが始まっているが、空調が効いた屋内の遺骸は生前の面影を留めている。住民課のカウンターにうつ伏せて死んでいる若い女性の唇には口紅が残っていた。それでもエアコンで強制乾燥されているのでミイラ化に大差はない。
「全員が仕事中だったようだな」「この課長は電話中ですよ」「全く情報が流れていなかったのか・・・」1階大ホールの市民向けの各課を確認すると全員が仕事中だったことが分かった。北朝鮮の弾道ミサイルが着弾した時には「宇宙ロケットの発射実験を実施する」と言う事前情報が流れていた上、着弾時の強烈な爆発で管理棟につながる電線が破損して職員が対応不能になったため警報は発令されず、近隣の自治体は何も知らぬまま波及してくる放射能によって全滅したのだ。異変を察知して脱出したのは風上だった遠隔地の住民たちだった。
「屋内の放射線量は107ミリ・シーベルトです」「エアコンで排気しても放射能を帯びた外気が入ってくるから建物の遮断効果は限定的になってしまうようだな」市長室で椅子に座ってテレビを見ていたらしい市長の遺骸を確認するとベテランの陸曹はガイガー・カウンターで放射線量を確認した。秘書室の簡易キッチンでは女性秘書が緑茶の準備をしたまま死んでいたからオヤツの時間だったようだ。オヤツは福井銘菓の羽二重餅だった。
「あッ、ゴキブリだ」突然、若い陸曹が足元を走ったゴキブリに気づいて歓声を上げた。屋外では鳥の鳴き声もなく「自分たち以外に生き物がいない」と思っていた死の世界で出会った生物は何故か愛おしく感じるものらしい。
  1. 2022/09/26(月) 14:08:44|
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