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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ264

「日本はまだ戦争中なのね」夕方、帰宅すると台所で夕食の支度をしている梢が声をかけてきた。私はリビングに自転車を止めて洗面所にウガイに行く途中で立ち止まった。すると梢は野菜を切っていた包丁を俎板(まないた)に置いてこちらを向くと腕組みをした。
「KLM(オランダ航空)のチケットを申し込んだら交戦国だから出国便は公用以外は受けつけないって断られたの。確かに前回、貴方と日本に行った時にも公用か私用かを確認されたけどそう言う意味だとは思わなかったわ」「交戦国か・・・日本は憲法9条で国家としての交戦権は放棄しているし、防衛出動を発令していないから交戦国には当てはまらないはずだけどな」「多分、KLMの自主規制だと思うけどかなり過剰な気がするわ」KLMに限らずヨーロッパの航空会社は2000年前後に続発した爆弾テロ以降、紛争当事国への運行を自主規制するようになったらしいが、オランダではほとんど報道されていない日本での武力紛争とも呼べない武器を使用した犯罪を交戦と判断した評価基準を確認したくなる。
「それでどうするんだ。何なら次席検事として秘書に日本の交戦状況の調査を命じようか」「ううん、アメリカ経由なら大丈夫だったわ。ニューヨークから関空(関西国際空港)はJALだけど」ウガイから戻ってテーブルに置いてある郵便物を確認しながら話を再開すると梢が元プロとしての仕事を報告した。確かにKLMの自主規制を知らなかったのは梢らしからぬ失策だが日本に無関心なヨーロッパのマスコミの報道姿勢に原因がある。
「JALかァ、ANAじゃあないんだな」「ANAは乗り継ぎが悪くてね。貴方のJAL嫌いは知ってるけど仕方ないからチケットを取ったわ。ごめんなさい」「JALが運航してるならKLMだった飛べばいいんだ」梢の説明に私はJALを揶揄する皮肉を返した。JALは管理職である機長まで労働組合を組織していて客室乗務員などの搭乗員や地上整備員の労働組合と一体化して運航拒否の政治闘争を繰り返している。イラン・イラク戦争中の1985年にはイラン空軍の空襲に苦しんだサダーム・フセイン大統領が「48時間後からイラク上空の航空機を無差別撃墜する」と宣言した時、日本航空の乗員組合が救出の派遣を拒否したため在留日本人215名は出国できなくなった。この時は1890年に和歌山県串本沖で台風に遭遇して沈没した帆走フリゲート艦・エルトゥールルの遭難者を地元漁師たちが危険を省みずに69名を救出した恩義を忘れていなかったトルコが自国民よりも優先してトルコ航空機に搭乗させてくれたがJALの乗員組合は国民の批判の声はどこ吹く風だった。そのため1990年の湾岸戦争でもフセイン大統領が多国籍軍のミサイル攻撃に対して期限内に出国しない在留外国人を重要拠点に置く「人の盾」を宣言しても派遣を拒否している。この時は国際線を就航させていたANAの自衛隊OBのパイロットが派遣を志願して多くの客室乗務員たちも同調したのだが、大口天下り先になっているJALを尊重する運輸省(当時)の官僚が認めず、外国の航空会社の旅客機をチャーターする国辱を露呈することになった。
「しかし、日本が交戦中となるとお前の安全が心配になるな」「沖縄は日本で一番安全だから大丈夫でしょ」沖縄に限らず日本のマスコミや反戦平和団体は「アメリカが戦争を始めれば在日アメリカ軍が攻撃目標になる」と虚偽を公言しているが、アメリカは在外アメリカ軍が攻撃されれば完膚なきまで報復するので敵は絶対に手を出さないと言うのが軍事常識だ。その意味ではアメリカ軍基地が集中している沖縄は日本で一番安全な場所と言える。その一方で私は自衛隊を退役してからは在オランダ日本大使館の防衛駐在官とは疎遠になっているので日本の状況は茶山元3佐が送ってくれる新聞だけが情報源だ。しかし、それも防衛問題に関してはかなり信頼性が低い。何よりも中国が日本に画策しているのは内乱による間接侵略なので沖縄でも市街地で銃撃戦が生起する可能性は否定できず、梢が巻き込まれない保証はないのだ。
「ワシの鉄帽と防弾チョッキを持っていくか」「私の留守中に貴方が戦地の調査に行くことになったら困るから遠慮しとくわ。毎朝夕に安全を祈願しておいて」梢の言葉に私はこれから晩課を勤める本棚に並べた内佛本尊の阿弥陀如来像と允可証明として拜受した猊下手製の木彫観音像、後に届いた延命能化地蔵願応尊像(「ツルツル頭が簡単だ」と仰っていた)、日本へ行く度に買い揃えた文殊師利菩薩像(孫たちの学業加護担当)と弥勒世尊=ミルクユガフ像を見回した。猊下は阿弥陀専一の浄土宗の管長でありながら観音菩薩像と地蔵菩薩像の木彫を佛行としておられたので私も元祖大師・法然坊源空上人の「選択念佛」を実践しているのだ。
「それでは時差を計算して実施します」「でも沖縄の朝6時はこっちの夜の10時よ。寝る前に鐘を鳴らすと近所迷惑になるわ」「お前とお父さんの祈願は鳴らしモノなしで実施します」私の返事に梢はうなずいて運んできた料理をテーブルに置いた。梢の父の恵倫さんは病気平癒や長命ではなく苦痛の消除と安らかな最期を地蔵菩薩に祈願するつもりだ。
  1. 2022/10/01(土) 15:00:30|
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