fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

プロレス界随一のスタンドプレイヤー・アントニオ猪木さんが死んだ。

日本では観客が支払う入場料と広告収入を目的とする見世物芸に過ぎないプロ・スポーツでもプロ野球とプロレスは劇画原作者・梶原一騎さんがスポーツ根性物語式の荒唐無稽な脚色を加えたため武道のような精神性が存在するかのように誤解されています。その観客が抱く幻想を巧みに演出して神格化されるのに成功した稀代のスタンドプレイヤー・アントニオ猪木さんが10月1日に亡くなったそうです。79歳でした。
梶原さんはプロ野球選手がかつての剣豪が剣をバットやボールに持ち替えたように命がけで練習に励んでいるような虚構を蔓延させましたが、プロレスラーに至っては貧困生活から這い上がった日本人好みの立身出世式や過酷な練習に耐えて実力を身につけた求道者式に経歴を歪曲し、超人的身体能力と技は誇張、何よりも台本通りに互いの得意技を受けて観客を感嘆・興奮させ、多くの場合は契約に基づいて勝負を決する見世物=格闘ショーであるプロレスを武道の真剣勝負であるかのような虚構を流布しました。
猪木さんは昭和18(1943)年に神奈川県横浜市で石炭問屋の子供として生まれましたが、梶原さん原作の伝記の漫画ではブラジル移民の子供として描かれていることもあります。実際は敗戦後の昭和23(1948)年に父親が病没し、進駐軍の艦艇は石油を燃料にしていたため家業が倒産してしまい、貧窮生活から逃れるため昭和31(1956)年に祖父と母親、兄弟と一緒にブラジルへ移民したのです。ここで「移民の子としてコーヒー農園での過酷な労働で超人的身体能力を身につけた」と言う虚構に信憑性が与えられます。ブラジルでは砲丸投げの選手として活躍し、昭和35(1960)年にブラジル遠征に来ていた力道山さんの目に止まったことで一緒に帰国して日本プロレスに入門しました。ここから先は梶原作品化しているため真偽不明の伝説の世界になってしまいますが、基本的にはジャイアンツ・ファンの力道山さんは元ジャイアンツのジャイアント馬場さんばかりを優遇して、猪木さんには下働きをさせたと言う花登筺式苦労話になっています。
プロレスラーとしては日本プロレスが指導者として招聘していたカール・ゴッチさんの英才教育を受けたことになっていますが、確かに見栄えがする大技を数多く披露しているもののマスコミの過剰演出の方が目立ち、実力は半信半疑です。
野僧は猪木さんのプロレスラーとしての立ち振る舞いを見ていると技以上に卑劣な裏工作を力道山さんから学んでいるように思えてなりません。力道山さんはプロレスの人気を高めるためには手段を選ばず、卑劣な裏工作で勝ち試合を演出していましたが、猪木さんも他のプロレス団体との代表戦や異種格闘技戦では自分に有利なルールで試合を画策し、形勢不利になると巧妙に試合を不成立にして逃げることの繰り返しでした。
野僧が猪木さんの異種格闘技戦で許し難いのはボクシング・ヘビー級王者・モハメド・アリさんとの試合で寝た姿勢でパンチを封じ、ボクシングにはない蹴りで下半身を攻撃して靱帯断裂で選手生命を失わせたことです。これでボクシングとプロレスの対決とは噴飯物でした。スポーツ界の至宝を喪失させた罪は閻魔大王に裁いてもらうことにしましょう。冥福は祈りますがイスラム教に改宗した話はどうなったのでしょうか?
  1. 2022/10/05(水) 15:55:57|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<続・振り向けばイエスタディ269 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ268>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7955-ca8da813
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)