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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ269

夜の散歩は私の血糖値を維持するため必要不可欠なので梢がいなくても続けなければならない。最近は住宅街にある日本で言う大衆食堂で夕食をとって帰宅するので出発時間を早めて距離を延ばしたジョギングにしている。ジョギングは本来、会話しながら走る程度の負荷が適切なのだが、1人では自分との戦いになって自衛隊の持続走訓練と化してしまう。航空自衛隊に入隊した時、教育隊の班長から「昔、自衛隊は貧乏で運動器具が買えなかったから走って身体を鍛えた」と教えられたが確かにお金はかからない。それでもジョギング・シューズは自衛隊時代に購入した値段に比例して緩衝効果が高いものを愛用している。
「ボンズ、最近はコズエと一緒じゃあないんですね」「うん、父親が末期癌で介護のために日本に帰っているんだ」梢がいないので自分との戦いも簡単に降参して速度を落とすと市街地を警邏している顔見知りの警察官に声をかけられた。最近は1人で走っているので声をかけて止めるのは遠慮して挙手の敬礼を交わすだけになっていた。
「それは残念ですね」「病状は重篤なんですか」「余命3カ月と宣告されているそうだ。元気な人だからまだ半年は生きるかも知れないな」私との会話は英語になるので梢とのようには弾まない。それでも警察官の地域住民の把握に必要な情報は提供した。
「当分は1人住まいになるんでしょう。気をつけて下さい」「世話女房がいなくなると困ってしまうよ」私の返事にベテランと若い警察官はそれぞれに同情したような顔をした。オランダは現在の国王が即位するまで女王の国だったので夫婦共働きが一般的で男性も家事に励んでいるがベテランの警察官の年齢になると仕事と家事の両立は辛くなるものらしい。一方、若い警察官は日頃の仲睦まじい姿を見ているだけに1人の寂しさを思い遣ってくれたようだ。
「それじゃあ火の元にも十分気をつけて下さい。失礼します」「ご苦労さま」警察官たちは弾まない会話は早々に切り上げて敬礼すると懐中電灯を点けて歩き始め、私も少し速度を上げて走り出した。こうして走っていると「走って行くから走行生(そうこうせい=曹候生)」として持続走の自主トレに励んでいた航空自衛隊時代を思い出す。陸上自衛隊では普通科だったにも関わらず帝国陸軍の歩兵が足腰の鍛錬を長距離の速歩を基本にしていたことに習って訓練以外では半長靴での競歩に徹していた。部隊勤務の自主トレで走ったのは守山駐屯地で佳織に誘われた時だけだった。その意味では常に女連れではある。
「今日も葉書とメールの2本立てだな」家に帰り、1人寂しくシャワーを浴びて脱いだ衣類を洗濯機に入れて回すと私はテレビのニュース番組を点けて執務机でパソコンを立ち上げた。別に仕事をするのではなく留守中に梢が私用パソコンに送ってきたメールを確認するためだ。日本との8時間の時差を計算すると沖縄で梢が寝る夜11時はオランダの午後3時で私は仕事中だ。逆にオランダの夜10時なら日本は朝6時になり目覚めの挨拶だ。
それとは別に私たちは曹候学生の卒業課程に入校した時の毎日葉書を1通出す約束を復活させて今も出勤しながら投函し、帰宅すると届くようになっている。ただし、防府と沖縄なら2日で届いたがオランダと沖縄では1週間かかる。だからメールで速報するのだ。国際電話では流石に毎日と言う訳にはいかない。それでも話題が尽きないのが私と梢だ。
そう言えば防府の卒業課程では山中区隊長が「熱愛中だな。愛が実るように頑張れ」と激励してくれた。あの時は「似合わない」と苦笑したが、熊本で再会して熱愛夫婦ぶりを見てくると「俺たちのように」と言う前置詞がついたのかも知れない。しかし、私たちが愛を実らすまでには「ハッピーエンドで拍手喝采」とはいかない紆余曲折があり過ぎた。
「日本の方が国連に無関心なんだな」梢からのメールは父の病状と沖縄で見た日本のニュースの話題だった。オランダにはスフラーフェン・ハーグの国際司法裁判所と国際刑事裁判所以外にも国際機関が多数所在しているため新聞やテレビは国際連合の動向を詳細に伝えているが梢が見た沖縄のテレビと新聞では安全保障理事会で常任理事国が米英、中露の2つに割れて(フランスは無責任な傍観者)激論を交わしている日本の戦争犯罪の真偽と懲罰の可否についても全く紹介していないようだ。昔から日本のマスコミは直接指令を受けている中国と代弁者になっている韓国以外の国際情勢はアメリカのマスコミ報道の請け売りで、軍事よりも経済を優先してきたが、自国の安全保障に多大な影響を与えている事実も国民に周知しない報道姿勢には呆れ果てるしかない。最近、茶山元3佐が1か月分の新聞を送ってくると記事の内容に関する質問の書簡を(本当は違法だが)同封してくるようになったのも元幹部自衛官の目には見えている軍事情勢に関する情報が届かない焦燥感と不安が同様に退役して部外者になっている私までも縋る藁(すがるわら)にしているようだ。確かに日本にいるよりは国際情勢に関する視界は開けているが、逆に日本の情報は目隠しに耳栓をされているに等しい。
  1. 2022/10/06(木) 16:00:38|
  2. 夜の連続小説9
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