「和尚さんが前に言ってたように危ない雰囲気になってきましたね」「選挙が近づいて双木外務大臣が帰ってくるんだよな」栗野郵便局の屯田局員が山寺・加光寺に配達に行くと住職は脚立に登って周囲の雑木を剪定していた。この住職は元陸上自衛官と言うことになっているが、対馬からの移住者への生活補助金を狙った在日半島人に銃撃された事件の後に事情聴取を受けた栗野駐在所の警察官から本当は「元フランス外人部隊の兵士」であることを耳打ちされた。確かに強盗に背後から銃撃された時には住職から指導を受けた回避行動で命を救われた。その住職は現在の危機的状況で実質的に指揮を執っている双木外務大臣を暗殺するため韓国軍が特殊部隊を潜入させる可能性を示唆している。一方、駐在所の警察官は「若狭湾の原発銀座の戦果に倣った島根原発の破壊を警戒している」と言っていたが、屯田局員としては双木外務大臣が下関市選出で自宅も市内にあることから住職の説の方を危惧している。
「コリアタウンの会長夫婦が殺されて放火された事件の犯人は捕まっていないじゃあないですか」「あれから全国で戦争に反対している在日韓国人が次々に殺されているだろう。まだ拳銃の押収は不十分なんだよ」拳銃と言われて屯田局員の脳裏にはバイクで逃げるすぐ脇を通過していった熱い空気の塊で頬が焦げたように感じた記憶が蘇り、背筋が寒くなった。
「本当なら軍用の防弾ヘルメットを被るべきなんだろうけど道交法の安全基準に合致しないから郵便局員としては無理だね。この間の回避行動もプロの軍人には通用しないはずだ」今日の住職は少し意地悪なようで「救い」とは逆の言葉を投げかけてくる。意外に細身の屯田局員の胸は不安が膨張して破裂しそうになってきた。その点、同僚の重中局員は屯田局員の事件を受けて警察から指導された銃犯罪に対する注意喚起にも「そんなことを心配しても仕方ない。射たれて死んだらそれで終わりだ」とクールに聞き流している。
「日本の警察は駄目だ。いまだに銃を使用した戦闘を理解していない」これはトドメだった。住職は以前、加倍元首相が暗殺された時にも1発目の銃声を聞いて背後に立っている警察官の全員が振り返っていることを「状況確認している場合か」と批判して「即座に加倍首相を押し倒して覆いかぶさらなければ警護はできん」と言っていた。その頃は元陸上自衛官だと思っていたので「自衛隊も要人警護の訓練をやるんだ」と感心しただけだったが、今回は最後の救いを否定されて中学生の頃に読んだ芥川龍之介の名作「蜘蛛の糸」で釋尊が垂らした蜘蛛の糸を登っていたカンダタが他の亡者が殺到しているのを見て「この蜘蛛の糸は己のものだぞ」と言った途端、手元で切れて地獄の血の池に落ちていったような気分になった。
「屯田くんは秘密を守れるよな」「はァ、大丈夫です」脚立から下りて歩み寄っても屯田局員が郵便物を渡すのも忘れて考え込んでいるのを見て住職は困ったように苦笑いしながら声をかけた。この表情は銃撃を受けた時のバイクでの回避行動を教えた時と同じだった。
「護身用に違法で物騒な物を渡しておこう。絶対に他人に見せるな。待ってろ」住職は受け取った郵便物を持って本堂に正面から入っていくとしばらく時間を置いて戻ってきた。手にはビニール製のキャップをはめたビールの缶を持っている。
「これは・・・」「これは手榴弾(てりゅうだん)だ」「手榴弾(しゅりゅうだん)じゃあないんですか」屯田局員の確認に住職は苦笑いして「自衛隊では『てりゅうだん』と呼んでいる」と答えた。住職はキャップを外すと傾けて滑らすように中身を取り出した。するとリング状のピンで固定したレバーが付いた直径5センチ、長さ15センチほどの黒い筒だった。
手渡された屯田局員は戦争映画などで見る手榴弾を思い浮かべたが、金属製の本体にパイナップル状の溝が掘ってあるはずだ。ところがこれは塗装してあるが金属製ではない。
「これはMK3A2と言ってアメリカ軍が開発した破裂式手榴弾だ。陸上自衛隊でも採用しているがワシはアフガニスタンでオランダ軍から入手したんだ」「本当に爆発するんですか」屯田局員の馬鹿げた確認に住職は呆れたようにMK3を取り上げた。
「このピンを抜いて投げるとこのレバーの安全装置が外れて4秒で爆発する。ただし、普通の手榴弾のように爆発で本体が分裂して飛散する破片式ではなくて爆風で殺傷するだけだから殺傷効果は5メートルにもならない」屯田局員にとっては手榴弾が破片で殺傷すること自体が初めて学ぶ軍事知識だった。日本の戦争映画では砲弾が目の前で破裂しても将兵は吹き飛ぶだけだが、実際は広範囲に飛散する破片で殺傷されるので離れていてもズタズタになるのだ。
「敵が潜んでいるのを発見したら手前でピンを抜いてレバーを握りながら通過して落して逃げれば発砲されることはないだろう。捨てる時にはファイバー製だから壊して中身の火薬を捨てれば作動させても強烈に発火するだけだ。念を押しておくがこのレバーが外れて4秒で爆発するからな」屯田局員は「救い」を受けて爆発物不法所持の共犯者になってしまった。
- 2022/10/07(金) 13:01:53|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0