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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ272

「ロシアと中国が妙な動きをしていますね。国連でも議場の外でマスコミを近づけずに大使同士で話し合っています。それが単なる打ち合わせではない雰囲気なんです」「それは外交官も気がついているよ。日米で接触を試みているんだが、相変わらずガードが固くてね」アメリカでは松山1佐がワシントンの日本大使館を訪ねて防衛駐在官の帖佐将補に安全保障理事会で見聞している出席者の動向を報告していた。逆に帖佐将補からは日本の現状の説明を受けて帰ることになる。今回の事態は外交と防衛の区別が付けられないため外交官の中に東京6大学時代の友人が多い松山1佐にも国際連合本部での情報収集が命ぜられている。
外務省は明治初期に鹿鳴館での社交を外交と思い違いしていた体質が一向に改まらなかったのかヨーロッパを世界の支配者と仰ぎ、その上流階級との社交で情報を与えてもらう外交貴族が敗戦後も支配していた。外交貴族にとってアメリカなどは植民地が反乱を起こして独立した新興国家に過ぎない。ところが中曽根政権はアメリカのレーガン政権と協力して世界戦略を展開する外交姿勢に転換した。それまで外交貴族たちは日本を東西大国の顔色を窺って尻尾を振る犬に堕としていたが、中曽根政権はそれまで傍流に置かれていたアメリカ勤務経験者を重用して抜本的な組織改革を進めた。それが加倍政権の再登場で実力を発揮するようになったため当初は外交貴族たちが関心を示さず、むしろ危険視していた軍事情報の収集を目的に設置された自衛隊の非合法情報組織も、今では国際常識の「ミリタリー・トゥ・ミリタリー(軍人同士の情報交換)」を専門に担当するようになっている。
「かつてロシアのウクライナ侵攻に中国が全面的に協力するのは近い将来、台湾に侵攻した時に同じことをする密約があるからだと言われていたがな」「アフガニスタンを譲り渡すと言う説もありました。流石のロシアもタリバーンがあれほど早く全土を奪還するとは思っていなかったんですね」帖佐将補はロシアがウクライナに侵攻した時にはアメリカに着任していたが防衛駐在官と言う立場上、国防総省から提供される公式情報に拘束され、間口を広げても外交官が収集してくる国務省や大手マスコミの記者、ジャーナリストからの取材情報に限定される。そのため松山1佐から聞く幅広い真偽不明の噂話は活目する思いで受け止めている。
「ロシアはウクライナ東部地区を併合して自国領にすることでウクライナが奪還しようとすれば侵略として対抗手段の核兵器使用を公言しましたが、中国はそれを台湾に適用しようとしたんだ。それでもアメリカの台湾防衛が本気なのを見て延期したが、日本が台湾防衛に介入することを元首相の立場で明言した加倍首相を暗殺した。あれは国内向けの政治アピールだったんだ。とは言え異例の3期目を認めさせた時に台湾併合を公約した以上、派手な実績を作らなければならない。そこで琉球王国を朝鮮王朝と同様の自国領として奪還することを画策した」「つまりロシアはウクライナ侵攻に協力してもらった見返りに日本侵攻に協力する。旨くすれば日本の北半分を併合できるかも知れない・・・てことですね」実はソ連も日本が昭和20年8月14日にポツダム宣言の受諾を通達してから北海道の留萌・根室を結ぶ線から北と東の地域の割譲を要求して8月18日になってから千島列島北端の占守島に侵攻してきた。ただし、樺太と共に日本軍守備隊の頑強な抵抗に遭って北海道へは手が届かなかった。それをこの機会に実現するつもりのようだ。第2次世界大戦の結果、ドイツは東西に朝鮮半島は南北に分断されたが今更、日本を南北に分断されるのは迷惑この上ない。
「アメリカでは報じられていないが最近、日本では在日半島人の中で親日派の粛清と思われる殺人事件が頻発しているらしい」女性事務員がコーヒーのお代わりを持ってくると帖佐将補は日本国内の話題に切り替えた。この事件は職場で閲覧している日本のマスコミ各社の英文ニュース・サイトでも取り上げていない。マスコミとしては在日半島人同士の抗争を国際社会に発信する必要性を認めていないのかも知れない。
「先日、ウチでも反日集会の潜入していた杉本の妻が軍人時代を知っている男に見つかってレイプされそうになりましたが、日本の事件とは目的が違うようですね」「知愛さんは無事だったのか」「はい、今田(本間の偽名)の報告では公衆トイレ内で全裸にされましたがレイプは受けなかったようです」松山1佐が女性事務員が退室したのに合わせて先日の事件を報告すると帖佐将補は最先任の防衛委駐在官(アメリカのみ陸海空の将補1名と1佐2名)が兼務している非公式組織の長として身上は把握している知愛の名前を自然に口にした。
知愛は事件後、「唇を奪われたのではないか」と血が出るまで擦り、「手で触れられたに違いない」とシャワーを浴び続けるなど被害者妄想に陥っていたが、岡倉が「カソリックの修道士も瞑想法として取り入れている」と若い頃に励んだ坐禅を教えたところ自己解放に至ったらしい。今では暇があれば坐禅を組んでいるので「まるで尼僧のようだ」とこぼしている 。
  1. 2022/10/09(日) 16:41:59|
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