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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ274

北海道旭川の広橋牧場に帰って畜産業を再開していた再開していた森田謙作予備2曹に召集命令の電話連絡が入った。森田予備2曹は深夜の搾乳作業を終えて仮眠していたが、呼び出し音に即座に反応して自分で座卓に置いていた携帯電話を取った。
「照子、即応予備自衛官が召集になった。3時までに駐屯地に行くぞ」「ロシアが日本に攻めてくる可能性が高っていることはニュースでも言ってるわ」受話器を置いた森田予備2曹は背後に立っている照子を振り返って淡々と事実を告げた。すると明治初期から屯田兵として岩手県から北海道に入植して開拓に当たってきた広橋家の血統を受け継いでいる照子は武人の妻として覚悟を決めていた。広橋家では日露戦争でロシアがアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領の調停を受けて停戦交渉に応じることを表明してから屯田兵を樺太に侵攻させた時に曾祖父が出征しているが無事に帰還している。その後の支那事変から第2次世界大戦では祖父は徴兵の対象年齢ではなかったため出征しなかった。父は敗戦直後の生まれだ。強いて言えば父の姉たちの夫が出征しているが北海道内の守備隊だったのでシベリア抑留を免れた。
「日和と周作は午後にならないと帰ってこないけど・・・」「招集は部内秘だから小学校と保育園に会いに行くことはできないな」「日和の担任は子供に反戦教育しているくらいだから信用できないわ」日和の小学校の担任の教員は森田予備2曹が治安出動の発令で召集された時にも「北海道でウクライナと同じ殺し合いが始まる」「旭川の自衛隊は中国と戦うため九州に派遣されるから北海道は守らない」と吹き込んだ。北海道の教員は元々がキリスト教の優越性を説いて多くの学生に洗礼を受けさせたウィリアム・スミス・クラーク博士を崇敬している北海道大学とその学閥の教育大学の出身者が多いので、敗戦後はシベリア抑留で洗脳された帰還兵が持ち帰った共産主義に傾倒している。日和の担任も北海道では標準的な教員なのだ。
「俺は無事に帰ってくるからそれまで良い子で待っているように言ってくれ」「うん、私が・・・ウチの家族がしっかり守るから安心して下さい」先ほどまでは毅然としていた照子が目を潤ませて言葉も途絶えがちになった。森田予備2曹は抱き寄せて塩味がする口づけを交わした。
「親父、また出征するぞ」「おう、日頃の訓練の成果を発揮してくれ。ロシア軍はウクライナでゲリラ戦を経験しているから油断するな」照子が準備のため箪笥から自衛隊の衣類を出し始めると森田予備2曹は愛媛県の父・森田定年2佐の携帯電話に連絡を入れた。父はミカン農協に出勤していたが、まだ仕事を始めておらず同僚の義母・育代とテレビのニュースを見ていたようで、照子が低音でつけているニュースと同じ音声が聞こえてきた。
「ロシア軍は占領地で住民を虐殺するのが常套手段だから広橋家も疎開することを考えた方が良いな。照子と子供たちはウチで預かろう。早めに飛行機を手配しろ。とりあえず本州に渡れば後は何とかなる。残念だが牛は諦めろ」やはり元プロの父の助言は実用的だ。広橋牧場でも敗戦後に樺太から引き揚げてきた元島民を雇っていたことがあり、ソ連軍の蛮行は詳細に聞いているのでこの問題は家族でも話し合っている。しかし、「戦争が始まる」と言う前提に実感が共有できないため失う資産の大きさを惜しみ、疎開先での生活の不安を訴え、誰からともなく「本当に始まるのかな」と言う台詞が出て幕が下りてしまう。そんな中で義父だけは唯一連絡を取っている岩手県の本家の親戚に緊急事態になった時の受け入れを打診したが、こちらも「本当に始まるのかね」と言う答えだった。
「1つ、釘を刺しておく。突撃では出遅れて後をついていけ。銃撃を受けたら伏せて動くな。今の日本では戦争で手柄を立てても殺人犯にされるだけだ。家族のために帰ってくることを優先しろ」「それって永遠のゼロの宮部少尉でしょう」「どちらかと言えば同期のモリヤだな」電話口で父が苦笑した吐息が聞こえた。北キボールPKOで男女の日本人ジャーナリストを拉致して虐殺した現地人の暴徒3人を殺害したモリヤ元2佐が殺人犯として刑事告訴された話は第3普通科連隊での田島中隊長の精神教育だけでなく教え子の安川3曹からも何度も聞いているが、父にとっては曹候学生の同期だったことを思い出した。森田予備2曹が切るのと同時に携帯電話が鳴った。照子を手伝おうとしていた森田予備2曹は迷惑そうに電話に出た。
「はい、森田です」「謙作ね。お母さんが戦争に征かせないから安心して」それは父と離婚した血筋上の母の秀子だった。母は市役所労組の活動家と不倫関係になり、父の現役時代の資料を渡していたことが発覚して離婚しただけに吐いた台詞は反戦団体のアジテーションだ。
「はいはい、上陸予定地点で人の盾にでもなって下さい。明日をも知れぬ僕には愛する妻とやることがありますからサヨナラします。お世話になりました」「待ちなさい・・・」森田予備2曹にとっての母は新たな義母・育代であって父だけでなく息子が奉職している自衛隊をも裏切った秀子ではない。森田予備2曹は照子を抱き上げてベッドに寝かすと思い切り抱いた。
  1. 2022/10/11(火) 14:31:05|
  2. 夜の連続小説9
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