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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月12日・浜松連続殺人事件の未成年で聾唖者の犯人が逮捕された。

戦時下だった昭和17(1942)年の明日10月12日に起訴されただけなら肉親を含む9名、本人が自供した別件の2名を含めると11名を殺害して7名を負傷させた浜松連続殺人事件の聾唖者で18歳の犯人・中村誠策(せいさく)くんが逮捕されました。
中村くんは大正13(1924)年に現在の浜松市東区で7人兄弟の6男として生れました。生来の聾唖者だったため家族からは冷淡に扱われ、愛情を知ることなく育ちましたが知能は優秀で、簡単な言葉しか話せなくても聾唖学校を首席で卒業しています。
事件は中村くんが17歳だった昭和16(1941)年8月18日の2時50分頃に静岡県浜名郡北浜村(現在の浜北市南部)の芸妓置屋・和香松の便所の窓から侵入して、就寝中の20歳の芸妓2名を滅多刺しにして殺害したのを皮切りにして翌日の深夜には浜名郡小野口村(現在の浜松市東区)の料理屋・菊水で男女3名を刺殺、9月27日には浜名郡北浜村道本の自宅で外部からの侵入を偽装した上で就寝していた4男の兄を刺殺し、両親と兄の嫁、その子供3人に重軽傷を負わせて逃走しました。
この連続凶悪事件を警察は懸命に捜査しましたが中村家では身内の犯罪を隠蔽したため中村くんが聾唖学校の寄宿舎で暮らしていたこともあって身体検査を担当した警察官も捜査対象から外し(当時は刑法では聾唖者は刑の減免を受けるため関心を持たなかったらしい)、難事件として迷宮入りの気配を漂わせ始めていました。ちなみにこの警察官・紅林麻雄警部は過酷な拷問によって被疑者を自白に追い込み、多くの難事件を解決したため名刑事と賞賛されましたが、戦後は冤罪事件を続発させています。
そして対英米戦が始まり、18歳になっていた昭和17(1942)年8月25日の深夜1時半頃に浜名郡積志村下大瀬の農家に侵入して56歳の主人と53歳の妻、15歳の息子を滅多刺しにして殺害した上、19歳の3女を強姦・殺害して逃走しましたが、この最後の事件では遺留品が多く、ハナレで寝ていた4女が犯人を目撃していたため捜査は急展開し、遺留品の同一の布切れが中村宅でも発見されたことで中村くんの犯行と断定され、まだ聾唖学校に寄宿していた中村くんを追及したところ犯行を認め逮捕されたのです。すると中村くんは警察が手口の共通性から疑惑を抱いていた昭和13(1938)年8月22日の深夜2時過ぎに浜名郡積志村西ヶ関(現在の浜松市東区)の芸妓置屋・武蔵屋の倉庫の屋根から2階に侵入して1階で8歳の養子と寝ていた34歳の女将を強姦し、金品を物色しようとしたところで大声を上げたため短刀で2人を殺害、2階で寝ていた芸妓も強姦しようとしたところ女将の声で起きていて抵抗したため殴打・負傷させて逃走した事件も供述したのです。
裁判では開戦後の犯行は最後の1件だけでも4件を平時よりも重罪とする戦時刑事特別法で審理し、本人は未成年で「心神耗弱者」とする精神鑑定が出ていたにも関わらず障害を聾唖者ではなく難聴者に診断変更して死刑判決を下し、昭和19(1944)年7月24日に死刑を執行しました。なお、父親は中村くんが逮捕された直後の11月11日に天竜川で入水自死しました。
  1. 2022/10/11(火) 14:33:03|
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