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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ274

北海道千歳では妻の美代子の実家の玉置(たまき)家に住むことになった玉城松真(たまきしょうしん)が航空自衛隊を定年退官して新千歳空港の民間航空の貨物係に再就職している。美代子も間もなく付になり、3ヶ月後には退官するが防衛出動が発令されれば定年延長になる可能性がある。松真元准尉も治安出動と防衛出動待機命令の発令を受けて自衛隊法第40条の「自衛隊の任務の遂行に著しい支障を及ぼすと認めるとき」を適用して定年延長になるはずだったのだが、国会で野党に「治安出動は陸上自衛隊、海上における警備行動は海上自衛隊だけが対象だ」「定年延長は防衛出動が発令されている場合だ」と追及された釜田防衛大臣が「パイロットを除く航空自衛隊員を除外する」と答弁してしまったのだ。
「貴方、予備自に召集命令が出るわよ」仕事が終わって帰宅した美代子曹長は夜勤に出かける準備をしている松真元准尉に声をかけた。松真元准尉は日本が事実上の戦時に入っている中で定年退官することが残念で予備自衛官に登録している。だから予備准尉と呼ぶのが正しい。
「折角、仕事が忙しくなってきたんだけどな・・・」松真元准尉の民間航空は「ロシアが中国に同調して北海道に侵攻する」との噂が流れてから乗客が増えてきている。かつて新型コロナ・ウィルス感染症対策の行動制限が緩和・解除された時にも反動のように旅行者が急増したらしいがそれは数年で頭打ちになっていた。
「やっぱり始まるのか。政府は何も言ってないけどな」「統幕長の独断命令らしいわ。陸海空自衛隊は秘密裏に北海道・東北方面の防衛態勢を強化するみたい。弾薬の追加配分も始まったわ」「今の防衛大臣は頼りにならないからな」美代子曹長の説明に松真元准尉は舌打ちした。松真元准尉と美代子曹長が小松で勤務している時に崇神作文騒動が起こったが、崇神航空幕僚長は元第6航空団司令だったため所属隊員は本人の人望とは関係なく深刻に受け止めていて釜田防衛大臣の一方的な処置に憤っていた。ただし、所詮はあの程度の稚拙な作文を恥ずかしげもなく懸賞に応募する人物なので幹部から空曹・空士まで評判は最悪だった。
「招集されたら貴方はQC(品質管理班)に戻るの」「それは判らんな。機種は変わってないから仕事は同じだが、引き継ぎが終わって新しい態勢になっているところへ隠居親父が割り込んだら混乱するだけだろう。やっぱり警備小隊に配置されて警衛隊長のローテ(ローテーション)に入るんじゃあないかな」美代子曹長の質問に松真元准尉は予備自衛官登録を申請した時に整備補給群本部の人事係の空曹から受けた曖昧な説明を答えた。即応予備自衛官で部隊編成している陸上自衛隊に比べて航空自衛隊は予備自衛官の運用に関する制度の整備が遅れている。それは予備自衛官が原隊ではなく居住地近くの部隊に登録するため航空機や機材の機種が同一とは限らず一律に元の職務に復帰させることには不安があり、人事担当者が先送りにしているようだ。一方、美代子曹長は補給隊でも予備自衛官に登録している定年退官者たちがいて、前任の需品班長も招集されるはずなので同じことを心配していた。
松真元准尉の見解を聞いた美代子曹長は少し安堵したように2階の寝室に着替えに向かった。この家は美代子曹長の両親が建てたのだが、一人娘に婿養子を迎えて子供ができて3世帯で住むことを前提にしているため本州の都市部ではあり得ないほど広い。その家も子供たちが本州の大学を卒業してそのまま就職したので2組の老夫婦が暮らしているだけだ。
「そう言えば私は今度の日曜日は警衛隊長だった。話を訊いておくわ」「そうか警備の連中によろしくな」WACらしくトレーナーとスウェット上下に着替え、旧式の航空ジャンバーを羽織って戻ってきた美代子曹長は台所で夕食の支度をしている母親の様子をうかがってから声をかけてきた。最近は母親も耳が遠くなり、あえて聞かそうと大声で話さなければ秘密保全は容易だ。やはり母親には戦争の話は聞かせたくない。
松真元准尉は職人気質の航空機整備員には警備職を馬鹿にする者が多い中、航空機整備員でありながら基地警備戦闘の研究に励み、航空教育隊に転属した挙句、陸上自衛隊に転換してしまった元義兄・モリヤ元2佐の影響を受けているので自衛官の基本を復習できる警衛勤務が好きだった。特に最近の警備職は元義兄が航空教育隊で実施しようとしていた研究成果の多くを訓練にしているので見ていて嬉しくなる。
実は玉城夫婦は美代子曹長が定年退官すればヨーロッパ旅行に出かけてオランダで元義兄と再会しようと考えている。元義兄が一緒に暮らしている梢とも顔見知りなので問題はないが、現在の状況では実現できるか判らない。むしろ益々困難になり、2人が揃って戦死する可能性もある。こうなると子供たちが本州で暮らしているのは事前疎開のようなものだ。
「美代子、お肉を切ってちょうだい。手が震えるから滑っちゃって」そこに母親が声をかけてきた。せめて両親には平穏に人生を終えさせたい。
  1. 2022/10/12(水) 14:14:28|
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