閣議で双木外務大臣が「ロシアが参戦する可能性が高まっている」と報告してからの自衛隊の対応は早かった。実は陸海空自衛隊とも本来は中国と韓国の侵攻に備えて全戦力を中国・九州・沖縄方面に展開しなければならなかったのだが、陸上自衛隊は治安出動を口実に北海道の部隊を温存し、海上自衛隊は使用不能になった舞鶴基地の艦艇の半数を大湊基地に移動させていた。しかし、航空自衛隊だけは中国と韓国の空軍機が西日本方面での挑発を繰り返しているため最大の空軍戦力を有するロシアに備えることができないでいる。
「空自の輸送機でお連れできませんでしたがご不快な点はありませんでしたか」「秘密保全を考えれば当然だろう」そんな中、統合幕僚長と陸海空幕僚長、陸上総隊司令官と自衛艦隊司令官、陸上自衛隊の北部方面総監と海上自衛隊の大湊地方総監、航空自衛隊の北部航空方面隊司令官が在日アメリカ軍司令部と航空総隊司令部が同居する横田基地に極秘裏に集合した。移動には三沢基地からアメリカ軍の輸送機を利用するほど保全は徹底している。
「外務大臣もオブザーバー参加される予定ですが、公務多忙で時間が指定できないから先に始めてくれとのことです」「防衛大臣じゃあないところが辛いところだな」「首相になってもらった方が話は早いんだが」アメリカ軍を含めた将官たちが席に着くと先ず1佐の航空総隊監理部長が説明した。今回の危機に直面しても石田首相は地元・広島のマスコミの反戦報道に拘束されて主導権を奪う好機を何度もふいにしている。石田首相が健康を害した浜防衛大臣の後任に据えた釜田防衛大臣も内局の官僚に取り囲まれて法令と慣例に縛られ、それをマスコミが肯定的に報道するため対応は常に後手に回っている。この事実上の有事にも内局の官僚たちは浜防衛大臣が制服組との直接対話を重視していたことへの失地回復を優先しているようだ。
「それじゃあ始めよう」「はい、先ずこれが現在の陸海空自衛隊の戦力配置です」統合幕僚長の音頭で会議は始まった。すると防空指揮群から送られている日本全体と各航空方面隊単位の空域の航跡を映していた正面の5基のスクリーンに陸上の北部方面隊と東北方面隊、海上の大湊基地の艦艇と八戸の航空機、航空の北部航空方面隊の戦力一覧が表示された。中央の大画面は部隊の所在地を印した宮城県と山形県以北の地図だ。
「航空は平時編成のままなんだな」「現在も西空と南西空のスクランブルは高止まりしたままで迂闊に動かすことができないんです」統合幕僚長の質問には航空総隊司令官が答えた。陸上自衛隊も治安出動と災害派遣に対応するため部隊を全国均等に配置する平時編成だが、今も治安出動を実施しているので問題はないのだろう。
「しかし、間もなく年度防衛計画とは別に百里基地の第7航空団を北海道の八雲基地に展開させることになっています」「八雲は函館の北です」八雲基地は正しくは第6高射群の2個高射隊が配置されているだけの分屯基地だが、戦闘機の離着陸が可能な滑走路を有するため戦時には機動展開用の航空基地に格上げされる。
「本来は同時多数の発進が可能なように旭川や新千歳、函館、青森などのジェット用空港も使用したいのですが国土交通省が拒否しています」「外務省も危機が迫っていることを認めたんだぞ」「だから道民の大量一斉避難が発生する。フェリーは津軽海峡で潜水艦に撃沈される恐れがある。だから新幹線と旅客機をフル稼働させるしかないと言う論法です」航空幕僚長の行政の立場からの補足説明に制服姿の海上幕僚長と自衛艦隊司令官、大湊地方総監は苦々しそうな顔を見合わせた。津軽海峡は陸奥湾にある大湊基地の出入り口であり、そこが潜水艦の危険で航行できないのでは海上自衛隊はお手上げになる。中曽根行革で国鉄が民営化されて40年が経過したが、国鉄労働組合の影響を受けた国土交通省内の公務員労組は日本における共産革命を実現するためにソ連軍や中国軍を招き入れる亡国闘争を堅持しているらしい。
「日本では全く報道されなかったがロシア軍は2022年2月のウクライナ侵攻でも緒戦で首都を制圧しようとした時、空挺部隊を投入している。我々はそれを絶対に阻止しなければならない」航空自衛隊の報告が愚痴になったところで陸上幕僚長が具体的な作戦方針を語り始めた。ソ連軍は150個もの空挺師団と自動車化狙撃師団を保有していたが、ロシア軍になって規模を縮小したとは言え開戦時に侵攻目標の中枢部に現地守備隊を超える規模の空挺部隊を降下させて制圧する奇襲戦術は健在だ。緒戦で北部方面隊の2個師団と2個旅団を超える規模の空挺部隊を投入されては北海道全土が一挙に戦場になってしまう。
「そうなると輸送機を撃墜するのが常識的対応ですが、現在の対領空侵犯措置では武器を装備していない輸送機を撃墜することは警察官職務執行法を逸脱する違法行為になります」「空挺降下を赦した時に我が国が被る損害でも緊急避難に該当しないか」「無理です」やはり緊急事態を規定していない日本国憲法の下での平時対応の限界が中国とロシアがつけ入る隙なのだ。
- 2022/10/13(木) 14:23:15|
- 夜の連続小説9
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