「航空は戦争をするのに色々と手続きが必要なんだね。ならば我々が初動対処を引き受けよう」「我が自衛艦隊はロシア軍の弾道ミサイルに対処するため日本海北部にイージス艦を常時展開している。随伴している通常のミサイル護衛艦と合わせれば輸送機全機を撃墜することくらいは片手間の仕事だ」統合幕僚長を含む陸空自衛隊の将官たちが双木外務大臣を交えて「ロシア軍の参戦に防衛出動の発令が間に合うのか」「防衛出動の発令前に奇襲攻撃を受けた場合に何ができるのか」を議論しているのを傍観していた海上自衛隊の提督が艦砲の一斉射撃を始めた。海上自衛隊は帝国海軍が甲板勤務と機関科、航空機搭乗員以外の士官は戦闘中も軍服姿だった伝統を継承して制服を着ている。今まではそれが防衛行動に参加していないかのような印象を与えていたが、この発言で立場が逆転した。
「現時点では弾道ミサイルに対する破壊措置命令は発令されていないだろう」「航空の高射ミサイルは大臣命令が発令されてから発射準備を始めるようだが、北朝鮮の弾道ミサイルが日本に到達するまでに要する時間は何秒だね」「・・・20秒前後だな」自衛艦隊司令官の質問に答えた航空総隊司令官の顔は苦渋に染まった。航空自衛隊の高射群は防衛大臣からの破壊措置命令が発令された時点で実動態勢に移行するが、それまでは「365日24時間、即応態勢を維持している」と言いながら実態は訓練待機と称する暇つぶしで、青森県に所在する第6高射群は北朝鮮の長距離弾道ミサイルが射程距離内を通過しても何もしなかったどころか何も知らなかった。戦闘機パイロットの航空総隊司令官としては実戦態勢を完成しつつある戦闘航空団や警戒管制団に比べて相変わらずの高射群には苦々しい思いを抱いているのだ。
「太平洋の輸送航路の船団護衛ではアメリカ海軍が戦闘規定に基づいて中国の潜水艦を撃沈しているが、あれも実際は海自も手を下しているんだろう」「海の上でのことは地上の人間が知る必要はありません」海上自衛隊が会議の主導権を奪うと統合幕僚長は釘を刺そうとしたが船団護衛を指揮している自衛艦隊司令官が一言で抜いて捨てた。その問答に双木外務大臣は苦笑いした。双木外務大臣が防衛大臣に就任した時、海上自衛隊はイージス護衛艦・あまごと漁船の衝突事故の海難審判が始まっていた。海難審判では前任の岩場防衛大臣が謝罪したことを過失を認めたと断定するマスコミの糾弾報道を背景にした国土交通省の海難審判部が海上保安庁に証拠を捏造させていたが、それを説明した当時の海上幕僚長は「海の上でのことは海に生きる人間にしか判らない」と司法法廷での逆転無罪獲得に向けて全力を尽くすことを宣言した。実際に司法法廷では逆転無罪を獲得したが、司法試験に合格している陸上幕僚監部のモリヤ2等陸佐を担当弁護士にすることに不満があったものの本人が海上自衛隊の生徒、航空学生、一般海曹候補学生、一般幹部候補生(部外)を5度受験しながら2次試験で落ち続けたことを告白して参戦できることに歓喜していたので、「何故、2次試験で落としたのか」が人事系統で問題になった。双木外務大臣の超優秀な頭では海上自衛隊の矜持が得心できたらしい。
「私(わたくし)も北空司令官には北海道、東北空域の制空権を確保するためには手持ちの2個高射群を稚内と根室に配置してサハリンと国後島から発進するロシア軍機に対処するべきだと分も弁えず提言したんですが、まだ実施されていないようですね」「私も総監の提言を受けて実施に向けて検討を命じたのですが、高射群が展開中にロシア軍の侵攻が始まった時に撤退が困難になると反対して、当初の設置目的通りに札幌と津軽海峡防衛に当たらせています」こちらは兵器管制幹部出身の北部航空方面隊司令官は対潜哨戒機パイロットの大湊地方総監の質問に航空総隊司令官以上に顔を苦渋に塗り込めた。大陸国家では高射部隊を国境付近に配置して自由発射権限(独自の判断で発射して撃墜する権限)を与えることで戦闘機による要撃が間に合わない奇襲攻撃に対処させている。一方、サハリンから稚内、国後島から根室までの距離では千歳基地から発進する戦闘機では間に合わないため有事には空中給油による上空待機で迎撃する作戦計画になっている。そのような応急措置を維持するよりも高射部隊を配置する方が現実的なのは軍事のプロでなくても判ることだ。
「空自は飛行機よりも組織が空中分解しているようだな。開戦に向けて意識改革が必要なんじゃあないか」「パイロットは命知らずに任務を遂行しているし、レーダー部隊は完璧に監視して冷静沈着に迎撃戦闘をコントロールしている。その割に高射部隊の体たらくは何なんだ」「何よりも地上戦を開始する陸上自衛隊に背を向けて逃げることが許されると考えていることが信じられないよ。高射群が戦闘部隊を自称するなら全弾射ち尽くせば地上戦闘に参加するのは当然の責務だろう」海上自衛隊の提督たちが「唯我独尊」の気風を発揮して会議の主導権を奪取すると何故か統合幕僚長を加えた陸上自衛隊の将官たちが追い討ちをかけた。実はこの主導権争いは今後の戦費の分配につながっているのだ。
- 2022/10/15(土) 13:51:00|
- 夜の連続小説9
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