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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ281

「コンコン1、こちらヒグマ。8号のクレイムア1基を作動させた。侵入者は焼死したようだが延焼しないように初期消火を実施せよ。なお、消防車と救急車の出動を要請したから現場に誘導しろ」警衛副長は黙り込んでしまった玉城曹長ではなく基地当直幹部の管理隊長に目配せしながら巡察車両・コンコン1に指示を与えた。このキタキツネに由来する可愛いコール・サインは隊長の趣味で、娘のお気に入りだったヌイグルミの名前だ。
「それにしても一瞬であそこまで誘爆・類焼すると言うことはやはり相当量のガソリンを持っていたんですね」「やはりシェルター内に流し込んで放火するつもりだったんだな。警衛隊長が言う通りだ」管理隊長は玉城曹長を元気づけようと最初の説明を賞賛したが、本当は最初期の第3術科学校警備課程の出身者としての卓越した指揮能力と研究心を高く評価して早期昇任させた警衛副長の見解なのは判っていた。やはり森田敬作定年2佐の直弟子は違う。
「当直幹部、基地司令からお電話です」その時、警衛隊長の電話が鳴り、増加警衛(他の部隊からの増員)の空士がためらいがちに受話器を取って取り次いだ。管理隊長は少し困った顔をして玉城曹長の肩を叩くと大股に歩いて受話器を受け取った。
「基地当直幹部の市安3佐です。ご連絡が遅れましたが只今、緊急事態が発生して警衛隊が対処しています。はい、その通りです。白昼堂々3人が基地に侵入して8号シェルターに接近しました。はい、当初は逮捕、若しくは銃によって制圧するつもりでしたが、巡察車両が到着する前にシェルターのフェンスに到達したのでクレイムアを作動させました。はい、すると携帯していた燃料、おそらくガソリンが誘爆して3人に燃え移りました。はい、3人は死亡した模様です」管理隊長は説明しながら「警衛副長から第1報を受けた時点で基地司令に報告するべきだったか」と思案したが、当初は「不法侵入者3名を発見した」と言う報告だったので通常通りに対処すれば下番時に口頭説明すれば済む程度の事態だった。それが急展開した結果、3名の人命を奪う重大事態=準戦闘になったのだ。
「はい、これから当直室に戻ります。えッ、非常呼集を・・・」周囲には聞こえないが管理隊長は基地司令から叱責まではいかない注意を受けているらしい。確かに現在も防衛出動待機命令は継続しているので隊員は日曜日でも非常呼集に即応できる態勢を維持しなければならないが、ここまで長期化すると緊張感が薄れ、「休日くらいは」と待機が怠機になる者も出かねない。今日の非常呼集はその確認・検証の意味も持ち、呼集に応じられなかった者はかなり重い懲戒処分を受けるはずだ。昭和の時代の第2航空団管理隊長に加藤軍平(本名)3佐と言う妙な人物がいたが、越後長岡藩・牧野家の家訓「常在戦場」を隊長の統率方針にしていた。それを知る者は今の管理隊にはいない。
「8号付近の基地外で3名の不審者を発見、銃を持っています。距離100メートル」管理隊長が鳴り続ける問い合わせの電話に当直空曹が四苦八苦している基地当直室に戻った頃、警衛所では新たな事態が生起した。基地外の周回道路で現場に向かったキャブオールがフェンス際に立っている男3人を発見した。3人はクレイムアの作動で持っていた荷物が発火し、それが身体に燃え移り、助けようとした2名も火だるまになった惨劇を茫然として見ている。フェンスに梯子を掛けてないので侵入者は人力で乗り越えたらしい。それが発見が遅れた理由だ。
「そこで下車しろ。こちらから警告を放送するから逃走しようとすれば精密射撃で脚を射て」「了解」精密射撃とは通常は寝射ちの姿勢で照準して正確に狙う射撃だ。やはり「今回は基地外なので警察権の行使の範囲内に留め、手順を踏む必要がある」と言う判断だ。
「基地外にいる不法侵入事件の共犯者3名に警告する。こちら千歳基地警衛隊。君たちはすでに包囲されている。君たちが銃器を携帯していることはカメラ映像によって確認している。武器を捨てて投降せよ。逃走すれば警察官職務執行法に基づき武器を使用する」警衛副長はシェルター地区のスピーカのスイッチを入れるとマイクで警告を放送した。監視カメラから距離があるためシルエットでしか見えないが、茫然と立ち尽くしていた男たちが慌てて周囲を見回し、キャブオールを見つけた1名が短機関銃を向けたのが判った。
「射て」「はい・・・ポンッ・・・すいません、倒れましたから身体に当たったようです」無線機からキャブオールで向かった若手空曹が射撃した音声と報告が聞こえた。脚を狙ったはずが致命傷を与えてしまったらしい。航空自衛隊の実弾射撃訓練は警備職でも年1回なので射撃技能は本番でも発揮できるレベルまで身につかない。
「基地当直室の電話は話し中で連絡がつかないわ。私が行ってくる。良いでしょ」警衛副長が対処を指揮している間に基地当直室に報告の電話をかけていた玉城曹長は何故か1曹の警衛副長に許可を求めてきた。緊急事態におけるプロと素人の能力格差を自覚したようだ。
  1. 2022/10/19(水) 14:21:17|
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