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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ291

「判りました。収納庫から出して携行することを認めます」トルコフ中佐は機長を連行することを伝えた無線連絡で外国人の乗客が要求した手荷物の持ち出しの許可を求めていた。カンボジアPKOで接触した中国人民解放軍も同様だったが、ソビエト連邦軍の体質を受け継いでいるロシア軍も中佐がこのレベルの独自判断を許されていないようだ。
「私たちは補助に当たらせてもらいます。その方が早く終わるでしょう」するとヨーロッパ人女性のベテラン客室乗務員が申し出た。トルコフ中佐は困った顔をしたが渋々うなずいたのを見て客室乗務員たちは一斉に立って座席の上の収納庫を睨んでいる乗客のところへ向かった。私の数列前の座席には熟年夫婦と思われるヨーロッパ人の男性と女性が座っていて手荷物が多く、出発時には客室乗務員に収納庫に詰めさせていた。その損な役回りを自分で買ったのは小森希恵だった。小森希恵は一直線にここまで歩いてきた。
「手伝ってやりたいがな・・・」私は手荷物が重そうで苦労している小森希恵を見て「助けてやろうか」と思案していた。レディファーストのヨーロッパでも上流階層の人間は駅で赤帽に荷物を運ばせるように客室乗務員の仕事と割り切っていて手を貸すことは滅多にない。
私は通路への出口を塞ぐように立っている兵士の横顔を見たが目は好色に染まり、口元がだらしなく緩んでいた。あえて確認しなかったが股間は膨らんでいたかも知れない。確かに小森希恵が両手を差し出して伸び上がり、荷物を持って肢体を反らし、身体をかがめて座席に置く動作を横から見ていると日本人女性特有の形の良い乳房の膨らみや細くくびれた腰の線、豊かな尻の肉感が刺激的で私でも若い頃なら興奮しただろう。特に小森希恵は長い黒髪を後頭部で結い上げる日本の客室乗務員の髪形をしているので額から頬、うなじの線が際立つので尚更だ。満洲や樺太に侵攻したソ連軍の兵士は日本人の集落を襲うと生理がある年齢層の女性を散々に強姦した上で殺害したが、集落を見つけた時にはこのような顔をしていたのではないか。
「それでは日本人も兵士に続いて下りろ。下にトラックが止まっているから荷台に乗れ」ヨーロッパ人たちがタラップを下りてバスと思われる車両に乗り込んで出発する音が聞こえるとトルコフ中佐は口調を冷たくして残っている日本人の乗客に命令した。客室乗務員たちは再び補助しようとしたがトルコフ中佐が仕草で制止して前方に立っている兵士が通路を封鎖した。それにしてもここからの移動はヨーロッパ人がバスで日本人はトラックだ。
「モリヤ元中佐、貴方には士官待遇を与えます」日本人はトルコフ中佐が指示を与えるまでもなく呼吸を合わせて立ち上がり、通路に並んで先頭から前部扉を出てタラップを下りていった。私は奥側の最後尾だったが操縦室扉の前に立っているトルコフ中佐に呼び止められた。前を行く中年男性は立ち止まった私を振り返りながら扉から出ていった。
「私としては機長と副機長の取り調べに弁護士として立ち会いたいと考えている。ロシアではどうなっているかは知らないが、ヨーロッパでは弁護士が立ち会わなければ取り調べを始められない。ウクライナの戦犯裁判でも取り調べには弁護士が立ち会っているよ」するとトルコフ中佐は驚愕と困惑、嫌悪と憤怒を目まぐるしく顔に浮かべた。
「よろしい。貴方は当基地ではウクライナでロシア軍将兵を冤罪で訴追している国際刑事裁判所の次席検察官、法曹関係者として振る舞うと言うのですね。これから私の車で司令部に連れていくから上層部に申し入れれば良い」「私はウクライナに限らずコートジボワール、旧ユーゴスラビア、アフガニスタンでの戦争犯罪も現地調査しているよ。私が求めているのは正義だけだ」私としてはコートジボワールの公判でフランスが断罪するバグボ前大統領が無罪になったことで中立性を訴えたかったのだが、ロシアはアフガニスタンのアメリカ軍やNATO軍が起訴されていないことで「国際刑事裁判所は西側寄り」と疑っているので空振りだった。
「流石は元軍人の検察官ですな。まだ私は操縦室に立て篭もっている副操縦士を拘束しなければならない。座席で待っていて・・・」トルコフ中佐が言い終わる前に操縦室扉が開き、制服を着た副操縦士がアタッシュケースを2つ提げて出てきた。
外からは「高いな」「荷物を受け取って」「手を引っ張るぞ」「重いわよ」「痛い、痛い」などと約50名の日本人の老若男女が手分けしてトラックの荷台に乗り込んでいる音と日本語が聞こえてくる。妙に大きなエンジン音はこのトラックが旧式であることを推理させた。
案の定、ヨーロッパ系の外国人は下士官用の4人部屋、日本人は兵士用の12人部屋の兵舎が割り当てられた。一方、私は遠く離れた基地の外れにあるBOQ(士官用宿舎)の個室になったが、食事は運搬食でトイレ、シャワーも付いているので建物を離れる必要はなく、司令部上層部に強く申し入れた機長と副操縦士以外の搭乗者との接触は完全に遮断された。つまり東京拘置所と大差がない幽閉生活になったのだ。せめて健康のためジョギングは継続したい。
  1. 2022/10/29(土) 15:57:26|
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