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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ303

「モリヤ将補は退職を了承しました」「何故だ。幕長(陸上幕僚長)は将官の配置の固定が解除されたのを機に彼女をアメリカ軍とのパイプとして総隊の幕僚長に移動させるつもりなんだ」陸上自衛隊教育訓練研究本部の人事課長からモリヤ将補の回答を伝えられた陸上幕僚監部人事教育部長は語気を強めてしまった。人事教育部長は内局の将官人事担当者から防衛大臣の意向でモリヤ佳織将補が勧奨退職の対象になったことを聞いた時にも厳しく反論したが、情に訴えるためモリヤ将補の夫のモリヤ元2佐がシベリアでロシア軍に拘束されていることを先にしたのが失敗だった。内局の官僚は冷淡に「私的事情」と切って捨てて補足説明になった陸上幕僚長の人事構想も「同様の経歴の持ち主は他にもいるだろう」と軽くあしらった。確かにアメリカ陸軍の指揮幕僚大学院や上級士官課程に留学した経歴を持つ高級幹部はそれなりの人数がいて太平洋軍司令部の連絡官は常駐しているのでさらに多い。しかし、モリヤ将補の父親は元アメリカ空軍の輸送機パイロット、娘もアメリカ海軍の現役パイロットであり、ここまでアメリカ軍と密接な関係を持つ将官は他にはいない。加倍政権当時の歴代防衛大臣と浜防衛大臣なら内局の官僚の説明と現場の事情が齟齬していれば直接説明することも可能だったが、現在の大臣はそれを制服の直訴として旧来の日本式シビリアン・コントロール(武力組織の政治による統制ではなく官僚による指図)の復活を目論む内局の官僚に十重二十重に取り囲まれていて制服が説明する機会は容易に見つからない。これが日本の有事なのだ。
「しかし、将官の出処進退は自己判断に任せなければなりませんから本人が了承した以上、それを尊重しなければなりません」「大臣の意向だからな」人事課長の釋迦に説法に人事教育部長は重い口調で同意した。実は人事教育部長は陸上幕僚長の直接の指示で自ら将官の配置替えの人事構想を練っていた。人事教育部長としては陸上幕僚長の意向とは別にモリヤ将補を自分の後任に据える腹案を持っている。その他にも航空自衛隊の通信課程を担当する第4術科学校長がWAFの空将補なのに合わせて通信学校長と言う線も頭をよぎったが、本人が副校長を経験しているので取り消した。陸上自衛隊でモリヤ将補は幹部候補生学校長として辣腕以上の剛腕を奮い短期間に旧弊を排除して現在の緊急事態に対処できる真に実戦向きの若手幹部を育成したことで部隊でも評価が高い。ただし、それは緊急事態に陥ったから評価されたのであってそれまでは悪名高い夫のモリヤ元2佐と同様の出る杭を大量生産して部隊に迷惑をかけた馬鹿な女帝と呼ばれていた。内局の官僚はどこかでこの頃の評価を聞いたのかも知れない。
「モリヤ佳織陸将補かァ・・・ウチの組織体質では能力が高過ぎても上手くいかないんだよな」電話を切った人事教育部長はパソコンが表示している陸将補の名簿を見直しながら呟いた。陸将補の順番は全ての職域の隊員を同一基準で評価した幹部候補生学校の卒業序列を最優先し、各職域の学校での基礎課程(BOC)と上級課程(AOC)の序列、部隊配置後の入校経験、そして部隊での勤務評定などを加味しているがモリヤ将補は同期の中では群を抜いている。
しかし、陸上自衛隊には「防外内特」と言う出身別階層が隠然として存在している。これはトップはあくまでも防衛大学校出身者、次は一般(部外)幹部候補生出身者、続いて一般(部内)幹部候補生出身の叩き上げ、そして特幹と呼ばれる准尉・曹長から昇任する3尉候補者のことで、部外でも国公立大学や有名私立出身者と無名な馬鹿大学、そして部隊で勤務しながら夜間や通信制大学を修了した部内部外で序列がつく。さらに部内では自衛隊生徒出身者だけは別格扱いされる。これは昇任の順番だけではなく部隊での会議の席で部外出身者が防衛大学校出身者の知らない知識をひけらかし、回答できない質問を投げかけることは法度とされている。その点、海上自衛隊や航空自衛隊は技量の上下優劣と言う教育課程の成績とは別次元の評価基準が存在するためこのような馬鹿げた自縄自縛は緩い。
「島田人事だけは避けないと俺の名前が今度の戦史に負の教訓として刻まれてしまうな」人事教育部長は海上幕僚監部の高級幹部たちが釜田防衛大臣を再任させた石田首相の人事を第2次世界大戦中にも実戦経験や操艦と戦闘指揮の能力ではなく海軍兵学校の卒業序列=ハンモック・ナンバーや海軍大学校など各種学校の入校歴などの平時と同じ基準で司令官を選任していた島田繁太郎海軍大臣の「島田人事」になぞらえて「石田人事」と呼んで揶揄していることを思い出した。帝国海軍では山本権兵衛海軍大臣の日露開戦に際して東郷平八郎元帥を常備艦隊司令長官(戦時の連合艦隊司令長官)に抜擢した人事の冴に対して第1次世界大戦後の海軍軍縮条約を巡って勃発した海軍内の派閥抗争を鎮めるため指導的立場にある有能な人材を予備役に編入した大角岑生海軍大臣の「大隅人事」と並ぶ人事の大失策とされている。
「島田人事」は対米対英戦史では「戦闘ではない最大の敗因」とされているが、防衛大学校出身ではない今の陸上幕僚長なら山本権兵衛人事のような英断を下してくれそうだ。
  1. 2022/11/10(木) 15:00:17|
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