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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ304

本部長に「勧奨退職に応じる」と回答した佳織は伊藤家の墓を撤去し、母と祖父母の遺骨をハワイに連れて行くための手続きに伊丹に来ていた。防衛出動待機命令と治安出動が発令されている以上、年次休暇は取得できないので伊丹駐屯地・中部方面隊総監部への出張を名目にしている。世間ではこれを「空出張」と呼んで違法行為にしているが、異常に制限が多い自衛隊では他に代替手段がなくて旅費や宿泊費を自腹でまかなえば黙認される場合もある。
「すると墓地をハワイに移転するんですか」「一人娘の私が移住するので墓石は無理でも遺骨だけは連れていかないと墓を守ることができないんです」「ハワイまで移動させても墓を守るんですね」市役所の墓苑担当者は佳織が提出した撤去申請の書類を確認しながら理由欄に目を止めた。この口ぶりでは佳織の説明に感心・感動しているらしい。
「最近は遠方に住むようになった子供が『墓参が面倒臭い』と言って先祖代々の墓所を破棄する『墓仕舞い』が流行していて、市内の寺院でも墓所に空き区画が目立つようになっているんです。勿論、余所から転入してきた方の要望は少なくないので、こうして手続きしていただくと市としては助かります」「私はアメリカを含めて遠方ばかりで暮らしてきたから母や祖父母が住んでいる伊丹の家に帰ってくるのは嬉しかったわ。みんな亡くなってしまってからも墓参りすれば会って甘えられるような気持ちになった。だからお墓参りが大好きなのよ」「ふーん、お坊さんに聞かせて上げたい話ですね」佳織の間もなく元になる戸籍上の夫が坊主だとは知るはずがない担当者は賛辞で心を傷つけた。勿論、担当者に悪意はない。
「この墓石はこちらの輝心妙典信女さんが亡くなった平成元年に建立したんですね」「はい、母は癌告知を受けていたから生前に自分で市役所に申請して墓石も注文したんです」「そうだッ、もうすぐ自分が入る墓だって言われるから驚いたのを思い出しました」次は石工店の店主と墓苑の入口で待ち合わせて伊藤家の墓石の撤去の相談をした。伊藤家は次男だった祖父が戦争中に予備士官として伊丹に配属されると母の典子を妊娠中だった祖母も帯同した。そのため墓所はなく佳織が中学校で担任の古河に凌辱されて神戸市の国際学校に転校する時、大学までの学資と下宿代を確保するために持ち家を売却していて貧しかった。そのため先立つ本人が手配していなければ申し訳なくなるような質素な葬儀であり、墓所だった。
「それでも伊藤さんのお墓は年に数回はお参りしてありましたが、それも終わりですか」どうやら店主は時折、寺や墓苑を巡って自分が手掛けた墓石を確認しているようだ。
「はい、私はハワイへ移住して父と同居するんです」「ハワイでは墓石を彫る職人はいないでしょう。とても高くつきますが分解して送ってはいかがですか」「向こうでは組み立てる職人さんが見つかりません。店主さんが出張してくれますか」佳織の返事に店主は苦笑した。ハワイでは初期の移民が日本式の墓地にこだわって漢字の戒名で墓碑銘を記した木製の墓柱が建てられたが、2世の時代になると漢字が判読できず、記述することもできなくなって石板に英語の氏名に生年月日と死亡年月日のキリスト教式が一般的になった。ハワイのノザキ家とスザンナの鬼海家の共同墓所も漢字が苦手な父が英語の石板式に変更している。そこに塔のような日本式の墓石は迷惑だろう。強いて言えば英語の下に漢字で氏名を彫っても好いかも知れない。
「それで撤去した墓石はどうするんですか」「正直に言いますと採石にして建設会社に売却します。つまり建設工事の土台の敷石になります。だから必ず菩提寺さまに撥遣(はっけん=お精抜き)供養をお願いして下さい」佳織としては墓石の撤去は退職して日本を出発する直前に行い、その時は立ち会って見守るつもりだ。市役所の担当者は撤去を申請することなく放置されている墓所=墓石が多い中、正規の手続きを踏んだ佳織を信頼して期限は示さなかった。
「伊藤さんですか・・・お母さんとお祖父さん、お祖母さんの葬儀だけでしたよね」最後は伊丹市内の曹洞宗寺院だった。この寺は母が亡くなった時、伊藤家の宗旨を確認した葬儀屋に紹介されて導師を頼み、佳織が自衛隊に入って間もなく相次いで祖父母が亡くなった時には電話で連絡した同じ葬儀屋が手回しよく手配していて喪主は斎場での直前承諾だった。
「ご無沙汰して申し訳ありませんでした。こちらに家がありませんから法要は知り合いのお坊さんにお願いしていました」「それでも追善供養は勤めておられたんですね」佳織の説明に住職は「お布施を横取りされた」と言う本音は微塵も見せずに納得したようにうなずいた。
「実は私はハワイ在住の父と同居することになりまして墓所も移転しなければならないのです。それで・・・」「お精抜きですね。今から行きましょう」高齢でも妙にフットワークが軽い住職でその場で話が決まってしまった。それにしても魂魄を位牌や墓所から退去させる「撥遣」の本当の意義が判っているのだろうか。モリヤ坊主なら「居場所を失った母と祖父母はどうなるのか」を詳細かつ具体的に説明してくれるはずだが、本人こそシベリアで迷える魂魄になりそうだ。
  1. 2022/11/11(金) 15:34:32|
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