シベリアでは小森希恵が自ら生命を絶っていた。谷茶は相変わらず媚薬を飲ませていたが、1本目が終わって次の瓶になると薬効がなく意識が急速に戻ったのだ。谷茶は売春宿の常連客の中国人の貨物船の乗組員から中国本土の港町の裏通りの露店で調達した媚薬を購入している。ところがロシア人女性に売春させた罪で逮捕されて服役していたため媚薬を入手することができなくなり、今回の瓶は粗悪な不良品だったと言うことだ。
「どうして・・・」ある朝、ベッドで目を覚ますと小森希恵は自分が寝ている場所が理解できなかった。オランダではKLMオランダ航空の整備員の恋人と収入に見合ったマンションを借りて同棲している。ところがこの部屋は空港の控室のような飾り気がない空間で、ベッドも日本で言う1畳分の大きさで鉄骨が剥き出しの簡素な作りだった。それでも意識が鮮明になってくると恋人に見送られて出発した日本への321便に乗務していてシベリア上空でロシア防空軍の戦闘機に強制着陸させられて、この部屋に連行されたことを思い出した。
「ひッ」身体を起こした小森希恵は壁際に並んでいるベッドに男性が頭をこちらに向けて寝ているのを見つけて息を呑んだ。男性はアジア人のようで髪が黒く、顔も平面で肌の色は黄色い。厚い唇の口をだらしなく開けている。何よりも額には濃くて太い眉が貼りついていた。
「誰・・・」小森希恵は頭の前の方が痺れていることを確認しながら必死に記憶を呼び戻そうとした。ナチス・ドイツが旧プロシア貴族の女性たちを籠絡するために開発した媚薬は理性を掌る前頭葉を麻痺させて人間の動物的本能を剥き出しにする効果があった。谷茶が使用している媚薬は中国の漢方薬らしいが同様の働きをするのかも知れない。
「目の焦点が合ってるな。これは拙いぞ」男性は唐突に目を覚ますと身を乗り出して手すり越しに覗いている小森希恵の顔を見て独り言を呟いた。男性は起き上がって一気に歩を進め、小森希恵をベッドに引き倒し、首を片手でマットに押しつけた。Tシャツ1枚から伸びている腕はオランダ人の恋人よりも濃く黒い毛で覆われている。こちらを見ている目は発情期を迎えた雌に群がる雄の野獣のような暗くて熱い光を放っていた。
「丁度、朝立ちしてるから使ってやるぞ。朝立ちや 小便までの 元気かな・・・ってな」男性は腕に力を込めて絞殺の恐怖を与えるとそのまま両脚を掴んで引き寄せ、下着を履いていない股間に年甲斐もなく朝立ちしている男根を突き刺した。
「お前は薬で正気を失っていたから憶えていないかも知れないが、ロシア兵の慰安婦になったんだ。これまでも何十回となく多くの男に姦られてる。今更、気取っても無駄だよ」谷茶は小森希恵に考える暇(いとま)を与えないように激しく性行為を続け、言葉で精神の強姦を繰り返した。小森希恵は谷茶の男根が深く女性器を突き刺された時に下腹部から快楽とは違う炎のような衝撃が後頭部に走るのを感じていた。この衝撃には記憶がある。やはり名前を思い出せないこの男性が言う通り、薬物で正気を失っている間にロシア兵の慰安婦にされて繰り返し性行為を受けてきたのだ。
小森希恵は福井県の郡部で生まれ育った田舎娘だが、小学生の頃に青春ドラマの再放送を見て客室乗務員に憧れ、京都の大学で外国語を学んだ。しかし、京都の私立大学には日本の航空会社からの募集はなく、求職雑誌で見つけたKLMオランダ航空に応募して合格したのだ。そんな苦労の末に勝ち取った職業人の誇りを踏み躙られ、女性として汚され、心から愛し合っている恋人を裏切ることになった。そうして快楽の衝撃に抗い(あらがい)ながら絶望の淵に沈んでいく小森希恵は別の生理現象に苦しむことになった。先ほど谷茶が口にした下卑た川柳のように目覚めたばかりの小森希恵も放尿の必要がある。ところが谷茶の下腹部と男根で中と外から膀胱を圧迫されるのでこれは拷問だった。
「おッ、やりやがったな・・・だったら俺もお返しだ」耐え切れなくなった小森希恵は挿入されたまま尿を谷茶の下腹部に吹きつけてしまった。すると谷茶は異様な笑いを浮かべて男根を抜き、膝立ちになって小森希恵に向って放尿した。全身が悪臭を放つ黄色い温水でずぶ濡れになった。男性たちの俗語では性行為の共有品にしている女性を誰でも使える「共同便所」と呼ぶが、小森希恵は正しく「便所」になってしまった。
「あーあ、俺たちのキエが死んじまった」その日の昼休み、シャワーを浴びようとした兵士が首を吊っている小森希恵の遺骸を発見した。凌辱の後、小森希恵はシャワー室で全身を洗い流したのだが、着替えを探してロッカーで見つけた下着と制服を着て髪を整え、ストッキングの足を縛って作った輪に首を入れて足を投げ出していた。通常、首吊り自死は台から飛び下りた衝撃で頸骨が折れて即死するが、最近はこのように頚部を締める窒息死が多い。当然、かなりの苦痛を伴うが現代人は飛び降りる恐怖よりも意識を失うまでの時間を耐える方を選ぶらしい。

劇画「滅びの笛」より
- 2022/11/13(日) 15:02:07|
- 夜の連続小説9
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