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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ313

「モリヤ中佐、国際刑事裁判所から受けている貴方を明日の朝、オランダに帰るKLM便に同乗させろと言う要請を承認しました。まだ時間は確定していませんが出発準備をしておいて下さい」私は唐突にトルコフ中佐に呼ばれて予定外の通知を受けた。私としてはドゥーフ機長とポンペ副操縦士の取り調べが終わり、帰国することになれば残置される日本人の乗客と同居して処遇を確認し、自死した小森希恵やドゥーフ機長から聞いた日本人乗客の浅野望美の集団レイプを独自に調査するつもりだった。ロシア軍の憲兵隊にも捜査を要請しているが小森希恵が慰安婦にされた経緯に谷茶満庫が関与したとなると個人的に究明したい。その谷茶は「憲兵隊に逮捕されてどこかへ移送された」と司令部の軍人たちの雑談で聞いた。
「これは職務上の関心事として出発前に浅野望美さんと面談したいのですが」「浅野夫婦は基地内の施設に保護している。英語での会話なら許可しよう」どうやら日本語とロシア語通訳の谷茶は使えないらしい。あの時の私の工作をロシア軍が信じれば谷茶はスパイとして拷問を含む過酷な取り調べを受け、闇から闇に葬り去られる。と言うのは映画や小説、劇画の話で実際は最終的に在モスクワの防衛駐在官が照会を受け、認めれば捕虜、認めなければ拘束した側の胸算段になる。勿論、谷茶は自衛隊とは無関係なので取り調べを受けても認めるはずがなく、自白剤の人体実験のモルモットにされて悶絶の末に廃人になる可能性が高い。自白剤と媚薬は大脳の理性を司る部位を麻痺させる点では共通している。実はそれが狙いだった。
「私は生理中だったのでシャワーの前にナプキンを交換しておこうと思ってトイレに寄ったんです」浅野望美との面談はトルコフ中佐が立ち会って憲兵隊の取り調べ室で行われた。夫婦もこの建物の小部屋で保護されているらしい。男には生理に関する女性心理は理解し難いが、狭く混み合っているシャワー室で汚れたナプキンを交換するのが躊躇われたのかも知れない。
「それでトイレを出たら壁際に隠れていた兵隊3人が襲いかかってきて私を抱き抱えて屋上に連れて行ったんです。シャワーを浴びるために薄着だったから簡単に全裸にされて・・・」すでに憲兵隊の事情聴取を受けている浅野望美は感情を交えずに証言していたがここで言葉に詰まった。私は愛する梢と佳織が2人ともレイプの経験があり、性犯罪の被害者の気持ちは人一倍理解しているつもりだが、小森希恵の葬儀の後、「日本よりも妻を守らなくてはならない」と明言した夫に愛されてきたこの妻が負った心の傷は2人とは違う深さと痛みを与えているようだ。それでも時間が限られている以上、事情聴取を続けなければならない。
「それで加害者は何人でしたか」「・・・5人だったと思います」「全員、兵士でしたか」「はい、廊下で監視している兵隊でした」浅野望美の苦悩は理解するがこれは仕事なので私的な感情を刺し挟む訳にはいかない。むしろ冷淡に質問した方が受ける側も割り切ることができる。とは言え私自身は梢と佳織本人からレイプされた顛末を聞いたことはなくやはり胸が痛んだ。
「その後はつきまとわれるようなことはありませんでしたか」「私は柵を乗り越えて飛び降りたから駆けつけた日本人に助けられて医務室に運ばれました。その間に兵隊たちは上官に叱責されたんでしょう。宿舎に戻っても近づいてきませんでした。それに奥さんたちがガードしてくれましたから安心でした」現在は憲兵隊の施設内で夫に守られているのだから更に安心なはずだ。第2次世界大戦後、多くの日本陸軍の憲兵が捕虜虐待の罪で処刑されているが、アメリカ軍やイギリス軍、国民党軍は撃墜されて僚機が「脱出した」と報告したパイロットが見つからないと「現地を占領していた日本軍が虐殺した」と断定して指揮官を一律にC級戦犯に指定した。そこに憲兵隊が展開していれば同様の罪で告発している。それは捕虜収容所から脱走して行方不明になった将兵も同様で大半は冤罪だった。実際の憲兵は一般部隊が戦争法違反を犯すことを取り締まり、捕虜収容所の処遇を指導し、捕虜を加害・虐殺した将兵を逮捕していたのだ。ロシア軍の憲兵隊にも同様の分別と見識を期待したい。
「モリヤさん、オランダに帰られるそうで」「はい、国際刑事裁判所から業務命令を受けてしまいました」浅野望美との面談を終えて一緒に廊下に出ると夫が待っていた。通常であれば帰国の目途が立たない同胞を置き去りにして1人だけ居住地に帰る人間は許し難い裏切り者にされるはずだが、この夫の目には羨望や嫉妬、怨嗟や憎悪の色はない。
「あの時、篠塚さんが言っていた通り、モリヤさんには早くオランダに帰ってもらってロシアの不法行為と我々が受けている人権侵害を告発して日本政府に通知してもらわなければいけません」「そうです。本当にお願いしますよ」「おい、日本語での会話は禁止しただろう」私を挟んで反対側に立っていた妻が日本語で同調すると先に部屋を出て廊下で待っていたトルコフ中佐が叱責した。私はこの夫婦の言葉が日本人拘束者の総意と信じることにした。
カラテ地獄変「新・カラテ地獄変」より
  1. 2022/11/20(日) 15:18:31|
  2. 夜の連続小説9
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