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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ315

KLMスペシャル(特別便)はシベリアのロシア軍基地を離陸して半日飛行するとEU=NATOの防空圏に入った。ロシアの防空圏を出るまでは頼んでもいないスホーイ27が窓からは点に見える位置で追随していたが、今度はフィンランド空軍機なのでFー18のようだ。ただし、日が暮れているので機影は見えず、エンジンが噴出する排気炎が星とは違って動く光の点になって付いてくるのが判った。考えてみればフィンランドとスウェーデンはロシアのウクライナ侵攻を受けてNATO軍に加盟したのだ。元航空自衛隊の私としては機影は見えなくてもスイス空軍と同じFー18よりもスウェーデン空軍のサーブ39グリペンに依頼したいところだ。どうせならノルウェー空軍のFー16も加えて北欧3国空軍の3機種共演編隊も面白い。夜間飛行で編隊を組むのを見ればパイロットの技量や連携の熟練度は一目瞭然だ。
「当機は間もなくアムステルダム国際空港に着陸します。座席を起こしてベルトを確認して下さい」フィンランド空軍機の護衛を受けたままバルト海を南下して眼下に都市の明かりがヨーロッパの地図通りの海岸線を浮かび上がらせるとKLMスペシャルは高度を下げ始めた。機内アナウンスのドゥーフ機長の声にも安堵感が漂っている。本来は日本人の乗客を置いてきたことを自責するべきだが、ロシア軍からは「日本政府が迎えの飛行機を手配する」と説明を受けたらしい。有り得ない話だが、何もできない閉塞感の中では信じるしかなかったのだろう。それにしても往路で日本語のアナウンスを担当していた小森希恵は遺骸になって床下だ。
キュッキュッ、ガタンッ、ゴー、いつものようにタイヤが着地して機体に衝撃が伝わり、エンジンを逆噴射する音が機内に響くと乗客たちは一斉にスマート・フォンを掛け始めた。以前は「計器に障害を与える」と言って搭乗中は携帯電話の電源を切らされたが、現在は大声で周囲に迷惑をかけないように会話の声量を控える程度に緩和されている。それでも今回はスマートホンの電波までもロシアに傍受されているような気がして申し合わせることなく全員が自主規制していた。私も梢に電話しようと時差を計算しながら電源を入れると梢と佳織、淳之介と志織からのメールと留守電が入っていた。着信日付を見ると私がオランダを出発した日と今日に分かれているので、ロシア軍に拘束されていた間は控えたらしい。流石だ。
「只今、ドアが開きます。皆さまは手荷物を機内に持ち込んでおられますからドアを出る時、ボーディング・ブリッジ(伸縮式の渡り橋)を進む時には機体と機材に当てないように、他の乗客の迷惑にならないように気をつけて下さい」ヨーロッパの航空会社ではこのような子供向けのような注意喚起は珍しいが、上流階層の乗客たちも安堵と解放感から気分が高揚して先を争って外に出ようとする可能性を考えたのかも知れない。おそらく小森希恵は日本語でこのような注意喚起を口にしていたはずだ。アメリカの航空会社のハワイ便では日本が近づくと日本人の客室乗務員は和服に着替えるが小森希恵はどうだったのだろうか。私も何度かKLMで日本に行っているが記憶にない。手荷物に入っていれば遺品になってしまった。
「キエ、何故だ」最後に機体を出てボーディング・ブリッジを歩いていくと布製の壁越しに若い男性のオランダ語の絶叫が聞こえた。窓に歩み寄って外を見ると機体の下では貨物室からトレーラーに運んだ長方形の荷物=棺のシートを外している整備員が蓋の窓を開けて中を覗き込み、泣き崩れていた。これが小森希恵が同棲していた整備員のようだ。日本人の美意識では公私のケジメを殊更に付け、感情を押し殺して業務を遂行することを当然視しているが、悲報を聞いていたこのオランダ人の青年には愛する恋人と対面してその死を確認することが何よりも優先すべき重大事なのだ。それで失職しても後悔はないはずだ。
「小森希恵が彼の元に還るのは病院の検屍を終えてからになるから明日の午後だな」病院で日本で言うエンジェル・ケア(遺骸の洗浄と死化粧、死装束)を受ければロシア兵に屍姦されたことも判らなくなる。それにしても貨物室は動植物や果実などを積載しない限り暖房は入れないので遺骸は凍結しているはずだが、恋人の目には変わらぬ美貌が見て取れたらしい。
「モリヤさん、無事に帰られて何よりです」「他の日本人の乗客をシベリアに残して単独で戻ったことをどのようにお考えですか」いつになく念入りな検疫と税関の手荷物検査を終えて到着ロビーに出るとオランダ人の乗客たちがマスコミに取り囲まれていたが、日本の取材者たちは私を待っていたようで、スマートホンとカメラを突き出して押し寄せてきた。
「私がオランダに帰ったのはあくまでも国際刑事裁判所からの命令です」「それではシベリアに残りたかったと言うのですね」先ほど確認した私のスマートホンには梢の父・安里恵倫の訃報が届いていた。淳之介一家が首里のマンションに行った頃には祖父・恵倫さんが意識を取り戻すことはなかったが、遺言のようなウワ言は録画して送ってきていた。
  1. 2022/11/22(火) 15:31:58|
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