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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ317

「モリヤ2佐、おかえり」「これは駐在官自らお出迎えとは畏れ入ります」在外公館警備官の先導でオランダ王室や政府、国連や海外公館の公用車専用の駐車場に向かうと1台だけ止まっていた黒塗りの高級日本車の後席では河瀬直道防衛駐在官が待っていた。私が現役の頃は1佐の防衛駐在官と同乗する時には運転手の後ろの最上位者の席は遠慮していたが、今回は空けてあったのでそのまま座った。それでも国家機関である外務省の1等書記官に相当する1等陸佐と国際連合とは別組織の国際刑事裁判所の次席検察官では多分1等陸佐の方が上だろう。
「ロシア軍基地での待遇はどうだったかね」「一応、共同シャワー付きの士官用宿舎の個室を与えられていましたが3食は運搬食、常に当番兵が常に監視していて幽閉状態でした」私の説明に河瀬防衛駐在官も先ほどの記者たちと同様に落胆した顔になった。しかし、ここでは河瀬防衛駐在官を安堵させる続きがあった。
「それでも機長と副操縦士の取り調べに立ち会って司令部に出入りしていましたから色々な内輪話を聞きしました。私はロシア語がある程度理解できるのですが、奴らはそれを知らないから大声で話すんです。おまけに私の聴力は入隊時の身体検査で特別扱いされるほどですから筒抜けでした」「ウチ(海上自衛隊)ならソナー要員ですね」ここで河瀬防衛駐在官と私の不仲を知っている在外公館警備管が合いの手を入れた。前々任者の堺1佐、前任者の木田1佐は海上自衛隊と言うこともあって陸上自衛隊の私と気軽につき合ってくれたが、元連隊長の河瀬防衛駐在官は2等陸佐の私が対等な口を聞くことが我慢ならなかったようで、定年退官して自衛隊に関する用務がなくなってからは疎遠になっている。最近は大使館主催の桜を見る会や自衛隊記念日の祝賀パーティーにも呼ばれていない。
「ロシア軍は日本を攻撃することを決定していますね」「やはりな」「その時に爆撃機と空挺部隊を乗せた輸送機に日本人を同乗させると言う噂も本当です」「そうか・・・それは嘘だと思いたかったよ」私の痛撃2連打に河瀬防衛駐在官の返事は地の底に沈むほど重くなり、座席越しに見える運転手の在外公館警備官の肩と首は凍りついたように固まった。
「となると日本のインターネット上でロシアの非人道的戦術が流出しているのは・・・」「日本の世論を戦争反対に向けるための謀略だな」在外公館警備官が重く暗くなった車内の空気を払うように私にフリー・ジャーナリストが質問してきた内容を確認すると河瀬防衛駐在官が答えた。つまりオランダ在住の河瀬防衛駐在官の耳に届くほど日本では知れ渡っていることになる。それにマスコミが加われば日本の世論は「戦争反対」一色に塗り固められ、加倍政権の安全保障関連法の時のような高校生や大学生が参加する反戦デモが始まるかも知れない。そうなれば極度にマスコミ報道を気にする石田首相は腰が引けて身動きできなくなるはずだ。
「それでもロシア地上軍はウクライナ侵攻で空挺部隊を消耗しているので奇襲で拠点を占領する態度しか確保できないようです。これはウクライナの戦犯裁判で聞いた話ですが」「それは報告してもらいたかったな」河瀬防衛駐在官は不満そうに私の顔を見たが、私は日本大使館の職員=防衛駐在官の部下ではないので改まって情報を提供する理由はない。私が堺1佐や木田1佐に情報提供していたのは半ば遊びで訪ねた時の雑談の中のことで会わなければ機会はない。陸上自衛隊の気質から言って精査した報告でなければ逆に嫌われる可能性もある。
「それで日本人の客室乗務員が自死した原因は何なんだね」話題を換えるためなのか河瀬防衛駐在官は私が到着ロビーの囲み取材でA日新聞の記者から受けた質問をしてきた。河瀬防衛駐在官が日本で流れているらしい集団レイプと慰安婦の噂を知っているのかは判らないが、それでも現地で日本人が受けている取扱いの実例として説明することにした。
「客室乗務員の小森希恵さんはウラジオストックで売春宿を経営している日本人に性的興奮剤を盛られて正常な判断力を失ってロシア兵の性奴隷になってしまったようです。ロシア軍としても若い兵士の性暴力を防ぐための道具として黙認していたので公認の慰安婦になっていました。ところが売春業者が薬を替えると効果がなくなって正気を取り戻したため、それで・・・」「集団レイプではなかったのか。それにしても日本人の売春業者は許せないな」「谷茶満庫と言う名前です」「それは仇名だな」「いいえ、本名です」やはり河瀬防衛駐在官も今では禁止用語になっている谷茶の名前を受けつけなかった。
「さらに小森くんが死んだ後、日本人の妻が集団レイプを受けて自死未遂しています。その夫婦は私からロシア軍に『夫がロシア兵に復讐する恐れがある』と勧告して憲兵隊で保護されています」「それは適切な処置だ」河瀬防衛駐在官は賞賛してくれたが、このままではあの人たちは爆撃機と輸送機に同乗させられて攻撃を阻めば祖国を裏切り、撃墜されれば祖国に殺されることになる。私は一瞬も睡魔に襲われることなくマンションに帰り着いた。
  1. 2022/11/24(木) 14:35:14|
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