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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ318

「梢を・・・梢を・・・嫁に」宿舎のマンションに入った私は途中のコンビニエンスストアで買わせてもらったパンと牛乳をテーブルに置くと椅子に座ってスマートホンに淳之介が送ってきた留守電を聞き直した。機内でも一度聞いているが父の声が小さく酷くかすれていたためハッキリとは聴き取れず気になっていたのだ。梢の父・安里恵倫が亡くなったのは一昨日の夕方だったらしい。淳之介一家は間に合ったようだ。
淳之介一家は巡回診療に来た医師の「会わせたい人を呼んで下さい」と言う指示を受けた梢が連絡して駆けつけた。相変わらず観光客が少ないため4人分の航空券は簡単に取れた。
「俺ってオジイを待たせてしまうんだな」「待っていてくれるのよ」機内で淳之介が自分を責めるように呟くとあかりが訂正した。淳之介は南城市の母方の祖父・玉城松栄の時も到着した直後に亡くなって最期を看取る形になった。遠方に住む親族でも梢のように絶対に間に合わない距離であれば病状が重篤になった段階で来るか、始めから諦めて葬儀に参列するのだが、八重山の離島ではせめて死に目に間に合うのを祈るしかない。
「オジイ、あかりだよ。私も待っててくれたのね」空港からタクシーに乗って首里のマンションに着くと恵倫は呼吸は途絶えがちになっていてもまだ心臓は動いていた。あかりが枕元から手で額に触れると恵倫は酸素マスクの中で微笑んだ。
「梢を・・・梢を・・・梢を・・・」その時、恵倫がささやくようなウワ言を始めた。淳之介は義母の梢がこのウワ言を聞かせるために父をオランダから呼び寄せたことは知っている。その父は途中でロシアに拘束されて連絡がつかない。淳之介は「せめて動画ででも聞かせなければ」と思いスマートホンで撮影し始めた。
「梢を・・・梢を・・・嫁に・・・嫁に」「判りました。梢を嫁にもらいます。安心して下さい」「お、ね、が・・・」淳之介の代返を聞いた恵倫は吐息と生命を一緒に吐き出すようにウワ言を終えると首だけで小さく仰(の)け反って顎を落とした。同時に枕元に置いてある心拍計測器が「ピー」と甲高い警告音を響かせた。玉城松栄の時と同じように心電図の画面は光の点が直線を描いている。梢が心拍計測器の電源を切り、そのまま病院に連絡を入れた。寝室の隅で見守っていた祖母が歩み寄って体温が残る祖父の手を取った。淳之介は壁際で恵祥とあかりを脇に抱えて傍観者になった。
「叔父さん、もう連れてっちゃうのね。オジイの顔、初めて見たわ」家族がそれぞれの配置についた寝室の中央であかりが見えない相手と話し始めた。どうやら梢の兄・恵昇と亡くなったばかりの恵倫の魂魄と話しているらしい。視覚障害者として生れたあかりは恵倫の顔は手で触れた感覚で知るしかなかったが、魂魄になれば心で見られるので対面できるのだ。
臨死体験者の大多数は「死ぬと魂魄が身体から抜け出て部屋の天井から自分の遺骸と遺族の姿を眺めている」と証言しているが、恵倫は待っていた息子・恵昇の出迎えを受けたようだ。確かにあかりは首里のマンションに到着した時から恵昇が「とっくに死んでいるはずなのにモリヤさんとあかりの到着を待っていて困っている」と言っていた。
「恵昇が迎えに来てるのね。恵昇、お父さんをよろしく」あかりの会話を聞いていた祖母は目では見えない話し相手の位置に顔を向けると安堵したように声をかけた。しかし、坊主の息子と孫の割に霊感を持たない淳之介と恵祥は理解不能と言う顔で眺めているだけ、まさしく傍観者になっていた。あかりの霊能力はモリヤ坊主に「悪霊を呼び寄せる危険がある」と叔父以外との交感を禁じられているが、隣島のユタ(霊能者)の老婆が死んでからは何故かあかりに死者との仲介を依頼する島民が続出して淳之介も困っている。
「あかり、叔父さんに旦那さんが無事なのか訊いてみて」唐突に梢が困った島民のような質問をした。北東北のイタコや奄美・沖縄のノロとユタは死者との対話の仲介=口寄せばかりが有名だが、本来は葬儀の執行者であり、天地万物の神霊とも対話して天変地異の警告や栽培する作物の選択、漁場の指示なども行う預言者だ。口寄せも探しても見つからない物の在り処(ありか)を訊ね、手に負えない子孫への叱責を頼むなど死者と共存する日常生活の一部なのだ。
「大丈夫、もうすぐオランダに返される予定だって言ってるよ。これから2人で見に行くってさ」「お父さんは葬儀が終わるまでここにいてくれないと困るじゃない。お参りに来る人に失礼でしょう」「オジイが判りましたって、お前は恐いなだって」モリヤ坊主は葬儀は苦悩の原因である肉体を離れた魂魄を阿弥陀如来と対面させて極楽浄土に向かわせる儀式だと言っているが、病苦から解放された父との会話はそれを実感させる。
「そうかァ、淳之介が代わりに約束してくれたんだな。これで梢を嫁にできるんだ」動画とは言え安らかに死に逝く恵倫さんの顔を見て私は無事に生還した意味を噛み締めた。
  1. 2022/11/25(金) 15:18:25|
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