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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月9日・大自然の恐怖・三毛別=九線沢羆事件が始まった。

大正4(1915)年の明日12月9日に北海道苫前郡苫前村三毛別(さんけべつ)内の開拓集落・六線沢に這った肩までの体高2・7メートル、直立身長3・5メートル、体重340キロ=2015年に駆除された400キロの個体まで日本最大だった羆(ヒグマ)が現れて1976年のアメリカ映画「グリズリー」の実話のような惨劇が始まりました。
事件は大正4(1915)年の11月初旬に六線沢の池田富蔵さん宅に羆が現れ、20日にも姿を見せたためマタギ(猟師)に駆除を依頼しました。しかし、30日に発見したものの射殺には失敗し、怪我を負わせて取り逃がしたのです。
すると12月9日の日没近くに同じ集落の大田三郎さん宅が襲われ、家に残っていた内妻の阿部マユさんと養子にする予定だった6歳の蓮見幹雄くんが殺害され、マユさんの遺骸は運び去られました。翌10日の朝に捜索隊が結成されましたが、集落を出発して間近で羆に遭遇してパニックになった上、猟銃の手入れが行き届いていなかったため発射できたのは1丁だけでした。それでも羆が逃走したので周囲を捜索すると椴松(とどまつ)の木の根元でマユさんの膝下(襦袢と足袋で確認した)と頭蓋骨の一部を発見しました。
その夜、大田さん宅でマユさんと幹雄くんの通夜が行われると午後8時半頃に羆が弔問に訪れ、2人の棺桶を引っ繰り返して遺骸を喰い荒らし、さらに午後9時前には500メートルほど下流にある明景安太郎さん宅に現れ、3歳の3男・金蔵くんと大田さん宅での事件を約19キロ離れた駐在所に通報しに出ていた斉藤石五郎さんが明景さん宅に預けていた妻で妊娠中のタケさんと6歳の3男・巌くん、3歳の4男・春雄くんが殺害され、明景さんの妻のヤヨさん、1歳の4男・梅吉くん、大田さんの使用人で事件後、明景さん宅に身を寄せていた長松要吉さんに重傷を負わせました。タケさんは羆に向かって「腹破らんでくれ」と懇願したそうですが上半身から喰われ、胎児は裂けた腹から引き摺り出されていました(「まだ動いていた」と言われています)=胎児を含めて犠牲者7人。
この惨劇を受けて六線沢の住人は三毛別の分教所に避難し、12日に北海道警察は討伐隊を編成して捜索を開始しました。しかし、原生林の中では発見できなかったため羆の「獲物を取り戻そうとする習性」を利用するべく有景さん宅での犠牲者の遺骸を「餌」にして羆を呼び寄せる作戦を採用しました。すると羆が姿を現しましたが警戒して建物には入らず森へ消えていきました。
13日になると旭川の歩兵第28連隊が30名を派遣し、午後8時頃に歩哨が三毛別と六線沢の間を流れる川辺で羆と思われる影を発見して駆けつけた部隊が発砲しましたが暗闇に消えてしまい、14日の朝に前夜の出没場所付近で羆の足跡と血痕を発見して山中の捜索を開始しましたが、13日に無人になった六線沢で羆に遭遇していたマタギの山本兵吉さんは別行動を採り、単独で羆を発見して20メートルから背後に1発、さらに至近距離から頭部に1発を命中させて射殺したのです。
羆の遺骸はソリで三毛別の分教所に運ばれて解剖されましたが、事件の数日前に近傍で殺害された女性たちを含めて10人前後の犠牲者の衣類や人肉、骨片が確認できたそうです。
  1. 2022/12/08(木) 15:38:09|
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