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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ332

「モリヤ検察官、日本の複数のマスコミから取材申し込みが入りました。事務局としては午後7時に小会議室で合同記者会見を設定したいと思いますが」「これからアムステルダム空港へ行く予定だけど断る訳にはいかないな」梢が父の葬儀と今後の話し合い、事務手続きを終えて往路と同じくアメリカ経由でオランダに帰ってくる日、退庁準備を始めていた私に入室してきた検察部事務局の若い男性職員が声をかけた。私はシベリアから戻って以来、ロシアを国際法違反で刑事告発する準備を進める一方でマスコミの取材を受ける多忙な日々を送っている。当初は機長や乗客などのオランダ人を取材対象にしていた欧米のマスコミも国際刑事裁判所の次席検察官の体験談と見解は報道に重宝するらしく意外に頻度が高くなっている。
「単独なら珍しくないが同時に一斉と言うのは変だぞ。何かあったのかな」最近は日本と中韓の武力紛争が長期化・停滞しているためオランダのマスコミが取り上げることは殆どなくなり、今日も昼のニュース以外はテレビを点けていなかった。2022年のロシアのウクライナ侵攻の時には他の必要な情報よりも優先していたことに比べると関心の低さが際立っている。マスコミ各社が今も中国資本に株式を買い占められていることも影響しているはずだ。
「繰り返し伝えていますが本日深夜1時3分、現地時間午前10時3分にロシア軍が日本国に向けてRSD10セイバー中距離弾道ミサイル4発を発射しました」「これかァ、RSD10と言えば昔のSS20だな」私が執務机の隅に置いてあるリモコンでテレビを点けると職員も立ったまま一緒に見た。どうやら知らない間に日本に関する重大ニュースが流れ、繰り返し報道していらしい。それにしてもこの現地時間は撃墜現場になった日本なのか、発射したロシア極東なのか。流石にロシア極東との時差は知らない。
「この4発は日本海軍のイージス巡洋艦が全て撃破しました」「凄い、流石ですね」「世界最強の日本ネーバル・ジエー隊(海上自衛隊)だからな」アナウンサーの続報に職員は感嘆したように声をかけ私も応じた。オランダも海洋国家だが軍事予算が小規模な上、イギリスやフランスのように海外に領土を持たないため海軍は海上自衛隊が地方隊に配置している小型護衛艦クラスの艦艇を6隻と潜水艦4隻を保有しているだけだ。
「これを受けてロシア軍極東軍管区司令部は『この弾道ミサイルの発射は中国の要請による常任理国としての懲罰であり、攻撃目標はあくまでも日本軍の軍事施設であって今後は爆撃機によって継続する』と発表しました」「ウクライナでの借りを返すんですね」「どちらも常任理国さまだからな」中国はロシアがウクライナに侵攻した直後には欧米の懲罰を公然と批判したが、国際社会でロシアを糾弾する国が大勢になると口をつぐみ、西側が禁輸にした必要物資を陸路で提供する裏支援に切り替えた。やはり大きな借りは作っている。
「さらにロシア軍は爆撃機にシベリアで拘束しているKLM321便の日本人の乗客を同乗させて攻撃が正当な方法で実施されていることを確認させると発表しました」「馬鹿な・・・そんなことが許されるんですか」「許されるはずがないだろう」私は職員の質問を振り払うように答えた。おそらく合同記者会見でも同じ質問を受けて同じ回答をするのだろう。
「本日はお忙しいところを申し訳ありません」「公私共に超多忙です。この飛び込みの仕事で私的には極めて重大な用件を諦めなければならなくなりました」予定通りに検察部の小会議室で合同記者会見が始まった。参加者はオランダに帰った時にアムステルダム空港で待っていた新聞社の西ヨーロッパ支局の記者5人だ。私は冒頭から喧嘩腰気味だった。これは梢を空港で出迎えられなくなったからではなく日本のマスコミに対する不信感が原因だ。私がこちらで受けた取材での発言も日本の紙面では本意とかけ離れた解釈を加えて掲載されていることを日本で読んでいる梢が知らせてくれていた。何よりも記事の私の人物紹介は「1人だけシベリアから逃れた元自衛官」で一貫していてまるで脱走兵のような扱いだった。
「本日、ロシア軍がセイバー・ミサイルを4発も発射したのはご存知ですか」「業務が超多忙なのでニュースを見逃すところでしたが夕方に見ました。4発は別に多くはありません。単にウクライナで使い果たしてしまって在庫がなかったんじゃあないですか」梢がいないので日本語を聞く機会がなく「4発も」と言う日本語的表現に妙に反応してしまった。記者たちは私が「不機嫌だ」と思ったらしく質問を端折(はしょ)った。
「ロシア軍は弾道ミサイルの攻撃に失敗したので爆撃機に切り替える。それにモリヤさんと一緒にシベリアに行った日本人を同乗させると発表しました」「どのような理由を付けても文民に戦闘行為への参加を強要することは戦争法で明確に禁止しています。実行すれば重大な戦争犯罪です。当然、当国際刑事裁判所が訴追することになるでしょう」私には訴追事案を選定する権限はないが、ここは主張を可能性で胡麻化す日本語の語尾「でしょう」を利用した。
  1. 2022/12/09(金) 14:20:51|
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