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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ333

「ロシア軍は日本人を証人として爆撃機に同乗させると言っています。ロシア軍の日本への攻撃が正当な手法であることを証明させるためだと言うのですが、モリヤさんは国際刑事裁判所の検察官としてどう思いますか」「確かに戦争法には陸戦法と海戦法はあっても空戦法はない。だから空中では何をやっても違法にはならないと言うのが東西を問わない軍事大国の論理だ」日本では明治初期にドイツやフランスに留学した法学者が司法や大学の高等法学教育を作ったため法令を行動規範とする大陸法式の法解釈が定着しているが、国際法では禁止規定とする海洋法式の運用が基本であり、「空戦法が存在しなければ空中に禁止事項はない」と言うのもあながち暴論ではない。この論理でイギリスとアメリカは第2次世界大戦やベトナム戦争で都市部への焼夷弾を含む無差別爆撃を行い、原子爆弾を投下した。しかし、大陸法と反戦運動が染みついている日本人の記者は納得できないはずだ。
「それでも戦争法に関わりなく日本人の乗客がシベリアで拘束されていること自体が違法であり、本人が拒否している爆撃機への搭乗を強制すれば離陸して機体が浮上する前に戦争犯罪が成立する。私はここまでの違法行為を刑事告発するべく研究を進めているんだ」私としても文民への戦闘参加の強制を国家的戦争犯罪として訴追したいのだが、それを禁じる空戦法がない現実はどうしようもなかった。
「民間人を乗せている爆撃機を自衛隊が攻撃することは違法じゃあないんですか」「爆撃機を攻撃すること自体が正当な戦闘行為であり、日本の場合は自衛権の発動だから完全に合法だよ」「しかし、ロシアが前もって『日本の民間人を乗せているぞ』と公表していれば日本の自衛隊が日本人を殺すことになるだろう。そんなことが許されるはずがないじゃないか。シベリアから逃げたアンタは許しても日本人が許さないぞ」アムステルダム空港で見覚えがあるA日新聞の記者は妙な方向に話をずらした。やはり梢が言っていた通り、航空自衛隊の迎撃を封印したいロシア軍を援護するため日本人の反戦感情を扇動しているようだ。
「君はA日新聞パリ支局の岡崎さんでしたね」「・・・はい、そうです」私はアムステルダム空港で囲み取材を受けた時、質問には名刺と交換で答えたので顔を見れば簡単に組み合わせられる。すると岡崎記者は少し困惑したようにうなずいた。
「君の新聞は私のことを記事にする時、必ず『1人だけシベリアから逃れた元自衛官』と前書するようだが『逃れた』と言う表現は事実誤認であり、著しく名誉を棄損している。現在、日本で民事訴訟を起こす準備を友人の弁護士と進めているところだ。ここで君の口から聞いた以上、オランダでも告発することにしよう。他社の記者さんたちには証言をお願いしますよ」思いがけない反論に岡崎記者は陰湿な目つきで私を睨みつけた。それでも私が他の4人に記者の顔を見回しながら会釈で依頼の挨拶をすると息を吸って憎まれ口を吐き捨てた。
「実際に逃げたんだろうが」「私は国際刑事裁判所の業務命令でオランダに戻ったんだ。私はシベリアに残って日本人の顧問弁護士として保護に当たることを要求していた。若し爆撃機に乗せられれば上空で操縦桿を奪って基地に特攻攻撃するつもりだった。爆弾を満載した爆撃機が突っ込めば基地は大損害を被っただろう。むしろその方が武人の散り際として満足できる」これはシベリアで本当に考えていたことなので火が点けば簡単に燃え上がった。それを感じ取った記者たちは録音用に使っているスマートホンの作動を確認した。
「モリヤさんはやはり元自衛官ですね」「それも実戦を経験した」「それを言うなら3人を殺した元殺人罪被告人だろう」3K新聞ベルリン支局の村正記者、読捨新聞ヨーロッパ支局の粟田口記者が感服したような表情で声をかけたので私は自虐的に茶化した。
各記者はこの会見の内容を日本の新聞社に送ったが、3K新聞と読捨新聞は「禁止する空戦法がないことが問題」と本質を捉えた記事を掲載し、M日新聞は「オランダへはロシアを訴追するため戻った」と頼んでもいない私の弁護を述べたが、A日新聞は「同乗させられれば基地へ特攻。元自衛官が示唆」と私を大嫌いな大西瀧治郎中将にしていた。それでも「1人だけシベリアから逃れた元自衛官」は止めて「シベリアを経験した日本人検察官」に変更していた。
本当は名誉棄損の訴訟などは誰にも相談していないのだが、日本では元弁護士として認識されている人間が口にすれば脅しとして効果は十分だった。仮に依頼するとすれば牧野弁護士になるが、最近届いたメールでは安川1尉の部下の高圧電線鉄塔銃撃事件の刑事訴訟の弁護で東京と名古屋を往復することになり、こちらも超多忙らしい。
裁判自体は東京郊外の高圧電線鉄塔での指向性散弾地雷・クレイムアによる侵入者殺害の判例で無罪になる可能性が高いのだが、原告側が嫌がらせのように公判の引き延ばしを図っていて、やはり自衛隊は外敵の前に内敵と戦うことになっているようだ。
  1. 2022/12/10(土) 14:08:44|
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