「日本海ウェスト(西方)でロシアンを多数ピックアップ(探知)、ヘッディング075(進行方位75度)、アルチュード450(飛行高度=単位は1000フィート)・・」「何機だ」「現在、AWACSが確認中」日付が代わって間もない深夜、中部航空方面隊防空指令所・センチュリーは日本海上空の空中警戒管制機・AWACSから日本海西方を日本に向かっている多数の航跡を伝送された。内閣府の情報収集衛星が極東内でロシア軍の多くの爆撃機が日本海に近い基地に移動していることを確認しため通報を受けた航空総隊司令部はAWACSを日本海上空で監視飛行させていた。
「ドラゴン(第6航空団303飛行隊のコールサイン=仮称)、ホット・スクランブル。AWACSをエスコートしろ」ここでシニア・ディレクターは第6航空団に緊急発進を命じた。この編隊がロシア軍の爆撃機であれば当然、護衛の戦闘機が随伴している。その前方で情報収集しているAWACSを放っておくはずがない。更に接近すれば地上レーダーで探知できる編隊を確認するために貴重なAWACSを危険に晒すべきかは判断に迷うところだが迎撃の確実性を確保するためにあえて火中に栗を投げ入れた。
「編隊は20機、内訳は爆撃機10機、護衛戦闘機10機、飛行特性から見て爆撃機はツボレフ22と思われます」「バックファイヤーか・・・まだ現役だったんだな」AWACSの通報にセンチュリーでは航跡が鮮明になってきたレーダー映像を注視しながらベテランの兵器指令官が若手に声をかけた。ツボレフ22バックファイヤーは半世紀前に開発された超音速・可変翼機の爆撃機でベテランよりも年上だ。尤もロシア軍は朝鮮戦争に投入されたプロペラ機のツボレフ95ベアも現役なので驚くには値しない。
「先にドラゴンを10機発進させて戦闘機を爆撃機から引き離し、続いてゴールデン(第6航空団306飛行隊のコールサイン=尾翼マークのイヌワシの英語名=仮称)の10機で爆撃機の侵攻を阻止しよう」「大臣指示は強制着陸だぞ」「正当防衛と緊急避難であれば発砲可能でしょう」センチュリーの上階のSOC(航空方面指揮所)では防衛部の運用幕僚たちが戦闘機を指揮しているが、ここでも大臣指示が足枷になっている。釜田防衛大臣はロシアの公式発表を受けた時の閣議で双木外務大臣から大臣指示の撤回を求められたが「日本人が同乗していることが明らかな爆撃機の撃墜は許可できない」と拒否した。その釜田防衛大臣も内閣府からの通報を受けて防衛省の中央指揮所に詰めて航空自衛隊の対応を観戦しているらしい。それでも中央指揮所に居並ぶ防衛大臣や内局の官僚たちの目には映像の地図上に表示される航跡が戦闘状態に入っても若い頃にインベーダー・ゲームで遊んだようにワクワクしながら傍観するのかも知れない。この頃になると輪島や佐渡、経ヶ岬の地上レーダー波の到達距離になり、レーダー映像の航跡の解像度が鮮明になり見応えが増したように思えた。
「ドラゴンにアルプス10を発令(中部航空方面隊の緊急発進増強態勢のコールサイン=仮称)」「ラージャ、ホット・スクランブル、ドラゴン23、2F15、ベクター(ベクトル=進行方位)350、クライム・エンジェル(上昇高度)470・・・」SOCからの指令を受けてセンチュリーの兵器指令官たちは担当する戦闘機のエレメント(僚機)を管制し始めた。これから空中戦が始まるまでこの兵器指令官たちが誘導するのだ。
「中央指揮所から総隊指揮所に連絡が入った」「何だ。応援なら指揮所内でやってくれ」「まだ怒られるようなことはやってないぞ」小松を発進した10機のドラゴンのFー15が能登半島の北で横に広がる編隊を組み、日本海を東南に進むロシア軍の爆撃機の編隊に向かい始めた時、SOCの防空指揮系統とは別の無線通話に総隊指揮所からの連絡が入った。
「ロシア軍がバックファイヤーに日本人が乗る映像をテレビで公開したそうだ。10機に10人、飛行服を着せられて搭乗前には記念写真を撮っていたらしい。これだけならミッション(作戦)が終わるまで無視するんだが、また大臣指示が出てしまったから連絡せざるを得なかった」中部航空方面隊防衛部長に説明する総隊司令部監理部長の口調は強い苛立ちを感じさせる。それでなくても航空自衛隊の戦闘機は空対空ミサイルの使用を事実上封印されていてロシア軍機が射ってくれば回避に万策尽くさなければならないのだ。
「同胞の人命尊重を最優先にせよ。撃墜は厳禁する」「馬鹿なことを・・・」この大臣指示も中央指揮所内で内局の官僚が作成し、大臣は目を通しただけで承認したのだろう。
「ロシア軍爆撃機の航跡が消えました」通話の途中でセンチュリーから突然の異常事態の報告が入った。中部航空方面隊の幕僚たちが視線を映像画面に向けるとロシア軍の編隊の中心にあった10機の爆撃機は一瞬にして消滅していた。護衛の戦闘機は自衛隊機に向かっていたが大混乱している。しかし、まだ自衛隊機の空対空ミサイルの射程距離には入っていない。
- 2022/12/13(火) 15:44:08|
- 夜の連続小説9
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