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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ337

「ロシア軍の護衛戦闘機は空自のインターセプター(要撃機)に向かって編隊を離れます」その時、日本海の中央海域にはイージス護衛艦隊の護衛に当たっていた通常の護衛艦5隻が展開していた。通常の護衛艦の艦対空ミサイルは射程距離30から50キロのシースパローなのでロシア極東軍の航空基地から割り出したこの位置に展開する必要があった。これは海上幕僚長と自衛艦隊司令官だけで決定した独断で、アメリカ第7艦隊日本派遣隊には通知したが護衛艦のSIF(敵味方識別信号)を消しているため航空自衛隊は把握していなかった。
「AAM(空対空ミサイル)を使用する様子はないな。やはり空自は大臣指示を守って強制着陸させるつもりなんだな」艦を移乗してこの海域に来ている特別艦隊司令官はCICのレーダー画像で航空自衛隊機の航跡の動きを見ながらSAM(艦対空ミサイル)の発射準備を指揮している砲雷長の後姿を見た。発射準備はすでに完了していて最終確認だけだ。
「各艦、発射準備よし。各艦への目標割り当て及びデータ入力完了」「よろしい。目標、ロシア軍爆撃機、各艦2発発射」「みずあめ、目標第1航跡及び第2航跡、シースパロー1、2番発射します。5、4、3、2、1、発射」CICの映像に艦橋の前のVLS(垂直式ミサイル発射装置)のハッチが2つ開き、少しの時間差で2発のシースパローの白い本体が炎の中に姿を現し、速度を増して上昇していくのが映った。しかし、CICの空気は重く張りつめたままだ。護衛艦・みずあめの乗員もロシア軍が「爆撃機に拘束している日本人を同乗させる」と発表したことは知っている。しかし、海軍軍人にとっての戦闘は敵艦を沈めるのであって乗員を殺すのではない。潜水艦の通商破壊では民間の貨物船や客船まで目標になる。仮にこの爆撃機に日本人が同乗していてもここで撃墜しなければ日本本土が甚大な被害を受ける。その意味では先日、イージス護衛艦が中距離弾道ミサイルを撃破したのと何ら変わりはない。
「目標まで5、4、3、2、1、今・・・2つの航跡、消滅しました」レーダー係の海曹の報告でCICの空気は更に重く冷たくなり、照明まで暗くなったように感じた。
「ながあめの目標も消滅、のどあめの目標も消滅、ひとなみの目標も同じ、せけんなみの目標も同じ。目標、全機撃墜」「目標機が空対地ミサイルを発射した形跡はないか」「ありません」「そうか、間に合ったな」司令官はCIC内の隊員たちが抱えている自責の念を救うためこの作戦の意義を再確認させた。司令官があえてこの領空外の空域でロシア軍の爆撃機の撃墜を命じたのは空対地ミサイルの射程外での侵攻阻止が目的だった。
日本人は第2次世界大戦のBー29による都市空襲やベトナム戦争のBー52による北爆のイメージで爆撃機は上空から大量に爆弾を降らす兵器だと思い込んでいるが実際は空対地ミサイルの運搬・発射装置としての使用方法も一般的だ。爆撃機に搭載する大型の空対地ミサイルであれば日本の領空に入るまでもなくかなり遠距離で発射できる。その一方で航空自衛隊はロシアの世論誘導工作に協力するマスコミの批判報道に抗することなく同調した釜田防衛大臣によって常識的な戦闘行動=敵機の撃墜を封じられている。また日本の周辺空域は国土交通省の交通管制レーダーでも監視されていて、自衛隊機やアメリカ軍機の行動は公務員労組の管制官を通じて批判的マスコミに筒抜けなので命令に従わざるを得ないのだ。
「我々が実績を作れば空自もトップ・シビリアン(文民統制の長)にはめられた手枷足枷を振り解くだろう。これは戦争なんだ」「はい、任務を遂行しました」司令官の独り言に砲雷長が答えた。背後ではCIC内の若手士官と海曹たち(レーダー係を除く)が振り返って視線で司令官に敬意を贈っていた。CICの空気もようやく普通の状態に戻っていた。
「これよりイージス護衛艦隊の護衛に復帰するが、その前に私から達する」艦橋に戻った司令官は通信員の席に歩み寄るとヘッド・セットを借りて連れてきた5隻の護衛艦に呼びかけた。
「諸官らも承知しているように今、撃墜した10機の爆撃機には日本人が同乗させられていた可能性が高い。彼らは日本への攻撃を容易にするために人の盾にされたのだ。しかし、我々が攻撃を躊躇すれば日本の都市が破壊され、10名をはるかに上回る人命が奪われることは諸官らも知っての通りだ。つまり彼らは日本を守るために犠牲になったのだ。この海域を去るに当たって私は追悼の礼を尽くしたいと思う。諸官らも可能な限り速やかに業務に支障がない時に1分間の黙祷を捧げて欲しい。以上」「みずあめ、前進全速」「前進全速」司令官はヘッドセットを海上限定の脚を開いた直立不動の姿勢で待っていた海曹の通信員に返すと艦長の横に並んで前方を見た。本来であればロシア軍の爆撃機が墜落した現場海域を捜索して遺骸の回収に当たりたいのだが、それは感情移入が過ぎる。
「各艦、対潜警戒厳にせよ」「各艦、対潜警戒厳にせよ」カレーライス(ヒサシの刺繍の通称)の正帽を胸に当てて脚を開いた不動の姿勢で黙祷した司令官は戦闘指揮官に戻った。
  1. 2022/12/14(水) 13:58:04|
  2. 夜の連続小説9
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