「サハリンから弾道ミサイルの航跡確認、国後からも・・・」「トップ(稚内のレーダーサイトのコールサイン=仮称)とアイスシー(氷海=根室の同前)を退避させろ」「間に合いません」海上自衛隊の艦隊が日本海上空でロシア軍の爆撃機を撃墜した頃、中部防空指令所・センチュリーと共同で日本海を注視していた航空自衛隊の北部防空指令所・ディッパー(北斗七星=同前=仮称)では監視係の空士がサハリンと国後島から北海道に向かって伸びる長い航跡の線を発見して大声を上げた。航跡の線の長さは速度を表しているので間違いなくミサイルだ。その肉声を聞いたシニア・ディレクターが指示したが別の兵器指令官が感情を交えずに答えた。
次の瞬間、レーダー画面の北海道の北と西の映像の密度が急激に落ち、稚内と根室の位置にエマージェンシー・シンボルが点灯した。防空指令所のレーダー画像は各レーダー・サイトの探知情報を合成しているため稚内と根室が機能停止しても網走や襟裳岬、奥尻島の情報で補完できるが、情報密度が落ちるため小型機や船舶などを探知できなくなる。
「ノーザン・エリア(北部航空方面隊空域)、0045(午前0時45分)コックド・ピストル発令、同時刻アップルジャック発令」「ラージャ」「北部方面隊と大湊地方隊に空襲警報を通知」「ラージャ」ディッパーの階上のSOC=北部方面隊指揮所でも中部航空方面隊から要望を受ければ即座に千歳と三沢の戦闘機を日本海の爆撃機に指向する準備に集中していたのでこの奇襲攻撃には反応できなかった。事後処置としてディフェンス・コンディション=防衛態勢をフェードアウト(日没=第5)やダブルテイク(2重に取り囲んだ=第4)からラウンドハウス(家の周りを回り始めた=第3)、ファーストペース(速度を上げた=第2)を跳び越してコックドピストル(銃を抜く=第1=戦闘態勢)を発令し、同時刻に空襲警報もスノーマン(雪だるま=白)からレモンジュース(黄)の上のアップルジャック(赤)とした。これらの西部劇風の用語や色の例えがアメリカ空軍から踏襲しているのは言うまでもない。
「総隊指揮所から連絡、日本海上空のAWACSを襟裳サウス(襟裳岬南方)に移動させるそうです」「ラージャ」同様に日本海を注視していたはずの府中・総隊指揮所の対応は早い。航空総隊は海上自衛隊から「ロシアの大型貨物船が国後島の港に接岸している」との情報を受けて三沢基地から無人偵察機・RQ―4グローバルホークを国後島に接近させたのだが戦闘機が発進してきたため上空を通過できずこの攻撃を察知できなかったのだ。
「AWACSを第2波で狙われないようにしないとな」「次は網走が危ないぞ」「稚内の3高群と根室の6高群に弾道ミサイル対処準備を指示しよう」「しかし、弾道ミサイル破壊措置命令が出ていません」SOC内の幕僚たちの議論も1941年12月8日に日本海軍艦載機の奇襲攻撃を受けた時の真珠湾のアメリカ海軍太平洋艦隊司令部のような様相を呈していた。そんな中、運用幕僚の飛行幹部と兵器管制幹部が矢継ぎ早に対応を口にすると高射幹部が異論を挟んだ。
確かに陸上自衛隊は治安出動、海上自衛隊は海上における警備行動、航空自衛隊でも戦闘機部隊は対領空侵犯措置を根拠に警察権として武力行使しているが、高射群の弾道ミサイル破壊措置命令は撤回されたままだ。実は北部航空方面隊司令部は防衛出動待機命令が発令された時、サハリンと国後島から発進する航空機による奇襲攻撃に千歳基地からの戦闘機では対処できないため稚内と根室に高射群を配置して自由発射させることを内定した。すると当時の高射幕僚は「防空指令所の指揮を受ける現在の戦闘方式に慣れているので対応できない」「ロシア軍が上陸した時の避難の安全が確保できない」と反対した。しかし、海上自衛隊のイージス護衛艦が中距離弾道ミサイルを撃破したのを見た北部方面隊司令官の命令で第3高射群が稚内、第6高射群は根室に展開した。この口ぶりでは防衛大臣の弾道ミサイル破壊措置命令が出てから発射準備を始め、発射の判断はディッパーに求めることになりそうだ。下手すれば防衛出動命令を根拠に確保した展開地で弾道ミサイルの飛来に気づかないでいるのではないだろうか。
「トップの生存者からの報告ではミサイルは地対地ミサイル1発のみのようです。被害に遭ったのはレーダーとオペレーションだけで通信施設や子象の檻(ロシア軍の無線交信を傍受するアンテナ。三沢基地にあるアメリカ軍の同様のアンテナ=象の檻になぞらえた呼称)は無事です」「やはり弾道ミサイルや地対地ミサイルはウクライナで使い果たしているようだな」「だったら無理して参戦しないでもらいたい」幕僚たちの議論を聞いていた防衛部長が冗談めかして口を挟むと周囲の幕僚たちは一瞬だけ苦笑した。過度の緊張をほぐすには適切な一言だ。
「日本海のロシアンの戦闘機、反転して大陸方向に向かいます」「全機か」「全機です」「センド・ウルフ(送り狼)したいものだな」結局、ロシア軍は護衛する爆撃機が消滅したため戦闘機を撤収・温存することにしたようだ。これをロシア軍では「再起を期す」と言うのかも知れないが、自衛隊にとっては「災いの先送り」に過ぎない。
- 2022/12/15(木) 13:38:08|
- 夜の連続小説9
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