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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ339

「海上が弾道ミサイルを落としたんだってな」「それも4発全部らしいですよ」根室の廃校になった小学校には青森県の車力分屯基地から第6高射群の高射隊が展開していた。元小学校のフェンスは苛酷な気候で破損・倒壊していて熊避けにもなっていない。それでも歩哨は校門に2人だけだ。その歩哨たちは実弾を詰めた弾倉を装着して重くなった64式小銃は肩がこるため吊れ銃にしないで2脚を立てて地面に置いている。実はこの状態で歩哨を交代していた。
車力分屯基地は昭和51年9月6日にソビエト連邦軍のビクトル・ベレンコ中尉がミグ25戦闘機で海面スレスレの低空飛行で日本に接近して函館空港に強行着陸した亡命事件を口実にして津軽海峡を挟むように高高度・超音速用の地対空ミサイル・ナイキJの部隊を新設したので防空作戦上の意味は無いに等しい。その意味ではこの使われ方は至極当然なのだ。
「俺たちには破壊措置命令が出なかったですよね」「海上にも出てなかったらしいぞ、警備行動で射ったんだってよ」「俺たちには関係ねェッすね」海上自衛隊のイージス護衛艦がロシア軍の中距離弾道ミサイルを全弾撃破したと言う報告を受けて北部航空方面隊司令官は2個高射群をそれぞれ稚内と根室に展開を命令したが、車力の隊員にとっては海峡を渡れば自宅に帰ることが困難になり、出発前から不満が公然と飛び交っていた。そもそも高射群の隊長以下の隊員にとっては年に一度、アメリカへ渡って実施するASP=年次射撃で目標に命中させることが実戦であって本当の防空は戦闘機と警戒管制の仕事なのだ。当然、展開地での歩哨勤務も単なる門番に過ぎず会社の守衛よりも緊張感がない。
「何だ」バババババ「ワワワワ・・・」バババババ「ぐッ・・・」その時、1台の4輪駆動車が校門の前に停車すると助手席と後席の窓が開いて突き出した2つの銃口が火を噴き、歩哨を1名ずつ射殺した。後になった空曹の歩哨は足元の小銃を手に取るどころか地面に伏せることもなく立ったまま踊るように射殺された。
「よし、行こう」「ミサイルは野ざらしだ」「陸のは穴掘って埋めたり、土嚢を積み上げて駄目だったらしい」歩哨2名を射殺すると4輪駆動車から狩猟用ライフルに持ち換えた男3名が下り、通路を塞ぐように倒れている遺骸をまたいで校内に駆け込んだ。北海道だけにかなり広い校庭にはレーダー(RS)と箱型のコンテナ(射撃管制装置・ECS)を積んだトラック2両を中心に複数のアンテナが立ったトラック(AMG)や上空に向けてPAC3のコンテナを斜めに立てているトレーラー(LS)5両とPAC3のコンテナを6発ずつ積載した大型トラック4両、さらに中には3段ベッドが設置されている冷暖房完備の待機車2両、炊事車、トイレ車、隊本部車が並んでいる。広いとは言えこれだけのトレーラーとトラックが駐車していれば間隔はかなり狭い。おまけに長年使われていない鉄筋コンクリート製の元校舎は電気・水道と電話が撤去されているためトイレも使えず、寒さのせいなのか外で活動している隊員は1人もいない。
「あの立っている箱の中にペトリ(正しくはPAC3)の実弾が入っているんだ」「トラックに積んである箱にも入ってるぞ」「こちらは1発爆発させれば誘爆で全滅だろう」気温が下がり、草は枯れてしまっている校庭を見回しながら指揮官らしい運転手は助手席と後席の2人と話し合った。一方、殺す相談をされている高射隊の隊員たちは待機車の中で訓練待機の夜勤と同様に賭けトランプに興じている。高射用待機車は密封性が高いため至近距離の銃声にも気づかなかったようだ。それは隊長以下が詰めている隊本部車も同様だった。
「爆発に巻き込まれない位置から射て。弾頭の上部を狙うんだ」「信管って奴だな」「爆発するまで射ったら即逃げるぞ」「判った」指揮官の指示に2人は大きくうなずくと左右に25メートルほどの距離を置いて自衛隊で言う膝射ちの姿勢を取った。
スドーン、スドーン、スドーン、自衛隊の小銃よりも重い銃声が連続して響いた。数発目を射った時、立っているコンテナが閃光に包まれ、猛烈な爆風が炎と一緒に吹きつけ、身体を露出している3人は瞬間的に黒焦げの燃えかすになった。
第2次世界大戦中にアメリカが開発したVT信管=通称・マジックヒューズは目標に命中させることなく最接近して離れた瞬間に爆発する。そのため目標を巻き込んで破壊するだけの強烈な爆発力が必要でナイキJの原型のナイキ・ハーキュリーズには核弾頭も装着可能だった。PAC3の爆発力も当然、想像を絶するほど強烈で校庭くらいの面積は1発で軽く燃やし尽くしてしまう。案の定、炎と硝煙の中でPAC3が次々に誘爆を始め、指揮車や待機車も木端微塵に吹き飛んで炎上し、校舎で遮られた裏庭以外は車両の残骸だけが残る展開地跡になった。3人が乗って校門に駐車してきた4輪駆動車も黒焦げになったため現場検証した警察に自衛隊車両と誤解された。
この攻撃は根室に展開している3個高射隊に同時に行われて全滅したが、ロシア製のPP19短機関銃を持った実行犯たちも同様の目に遭った。
  1. 2022/12/16(金) 13:52:27|
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