「この間の爆撃機も海自が撃墜したらしいな」「バックファイヤー10機を一瞬にして全滅させたって聞いたぞ」第3高射群は根室地区での第6高射群の全滅と稚内地区でも日本人工作員が展開地を攻撃しようとしていたことが判明したため1個高射隊を稚内分屯基地内に、3個高射隊を警備が容易な郊外の開闊地に移動させている。
稚内分屯基地内に移動した高射隊の隊員たちは無事だった基地食堂での喫食の途中で地対地ミサイルによって破壊されたレドームと階下のオペレーションの残骸の前を通ることになり、先日は収容された隊員の遺骸を見てしまった。そのため地対地ミサイルの着弾を傍観者として閃光と爆発音で知ったことには歯噛みするほどの自責の念を抱いている。そのためECS(射撃管制装置内)の空気も重苦しくなっていた。
「その前のSS20もイージス護衛艦だったじゃあないか。本当に俺たちは弾道ミサイルを撃破できるのか」「湾岸の時の映像もアメリカが『スカッドなど恐るるに足らない』って宣伝するために作ったフィクションなんだろう。ペトリ(ペトリオット・ミサイル)を発射して上空で爆発してもスカッドの噴射炎は見えないし、自爆させればあんな映像は簡単に作れるよ」「判ってる癖に俺に言わせないで下さいよ」ECSには発射・管制係の空曹2名と発射の可否を戦術判断することになっている幹部1名が配置されているが、部内出身の3尉にとって2人の空曹は高射職種では先輩に当たる。3尉が担当する戦術判断は日頃の訓練ではASP(年次射撃)の単独の無人標的を撃墜することを前提にしているため多数の攻撃目標の中での選定や残弾数などを勘案することはなく、レーダーが捕捉すれば「射て」と許可を与えるだけだ。つまり空曹から見れば発射スイッチの前に押す人間ボタンのような存在に過ぎず、邪魔で無用な存在なのだ。実際、同様にPAC3を運用しているアメリカ陸軍では下士官2名のみだ。
「北警団(北部航空警戒管制団)から情報です。サハリンから発進したロシア機がオホーツク海上を東南東に向かっています」ここで管制係の空曹が一応は接続している三沢のディッパー(北部防空指令所)からの情報を3尉に報告した。
「東南東って言うことは北方領土に行く輸送機かな」「機種はベアらしい。爆撃機だ」「ウチのレーダーで捕捉できるかな」空曹たちは3尉を無視して興味本位な議論を始めた。稚内には千歳基地から第1移動警戒隊が展開してきたが、空曹が言うレーダーはあくまでも高射部隊のRS(レーダー装置)だ。航空自衛隊では高射部隊も警戒管制組織に組み込んで戦闘機による防空戦闘を補完させているが、海外では陸軍が地域防空に運用することが一般的でレーダーも独自に敵機を探知・管制する能力を持っている。特に航空自衛隊ではペトリオット時代はパッシブ式(反射数値による測定)だったアンテナをPAC2への換装に合わせてアクティブ式(電磁波の位相差による測定)に更新している。
「おっと見つけた。こいつだな」「護衛戦闘機が4機、くっついているらしい」「うん、いるいる。4機で取り囲んでいるぞ」空曹2人はレーダー画面でロシア軍機の航跡を確認すると交互に覗き込んで雑談を続けた。無視されている3尉は席から立って2人の肩越しに航跡を見た。
「何だって・・・こいつはECM用のベアで稚内と網走、襟裳に目潰しするつもりらしい」「やばいじゃん」ディッパーからの続報を聞いた空曹は身を乗り出してレーダーを覗き込んだ。根室には入間基地から第2移動警戒隊が展開する予定だが、青函フェリーで函館に渡っていても北海道内では日本人工作員が出没しているためまだ到着していない。
「よし、撃墜しよう」唐突に3尉が強い口調で言い切った。空曹2人は予想もしなかった台詞に耳を疑いながら顔を見合わせた。この3尉は空曹時代、かつてのナイキJでは「発射」と「管制」「整備」の3つに分類されていた職種のうち野外でLS(発射機)を設置し、ケーブルを持って車両の間を駆けずり回って発射準備する発射要員だった。ペトリオット以降、「発射」と「管制」は高射職種に統合されたが両者の間には相容れない近親憎悪のような感情があり、3尉がECSで勤務することも発射小隊の「管制」の空曹たちは「肉体労働者に何が判る」と陰で冷笑していた。その3尉が豹変した。
「しかし、破壊措置命令は出ていません」「我々は自由発射を命じられているんだ」「それは防出(防衛出動)が発令されてからでしょう」「そんなことを言っているから海上に先を越されるんだ。今の発射権限は俺にある。命令に従え」高射隊は即応体制を維持するためPAC3を発射可能な状態にしている。発射すれば周囲は噴射炎で危険なため人員による最終作業は不要だ。発射スイッチを押してレーダー上の航跡に向けてゲームのように誘導すればVT信管が作動する。確かに管制係の空曹は訓練通りに操作して目標を撃墜した。空曹を押しのけて自ら発射スイッチを押した3尉は「根室で死んだ同期の仇討ち」と言う本心は明かさなかった。
- 2022/12/27(火) 14:24:54|
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