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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ351

「本当に発射したのか」稚内分屯基地からPAC3が発射され、オホーツク海上空を飛行していたツボレフ95ベアを撃墜するとECSには各高射隊の展開地の中央になる北海道立宗谷ふれあい公園に展開している第3高射群指揮所運用隊から緊急連絡が入った。指揮所運用隊にはノースSOC=北部航空方面隊指揮所から事実確認と調査指令が入っていた。この高射隊では隊長以下の指揮所長を兼務する総括班長と各小隊長は防音性に優れる隊本部車のコンテナの中、射撃小隊と整備小隊の隊員は待機車で、屋外で時ならぬミサイルの発射を目の当たりにしたのは単独配置で展開地への接近経路と外柵側を警備している歩哨2名だけだった。当然、この歩哨が隊本部に連絡したので交代の幹部と空曹2名が待機車からECSに向かっている。
「このベアはECM機と言うことなので自衛措置として撃墜しました」「その声は永坂だな。指揮系統の命令を受けずにミサイルを発射した上、領空外の外国軍機を撃墜するとは・・・これは一種のクーデターだぞ。隊長は知っているのか」「隊長は隊本部車です。これはあくまでも自分の独断で、発射スイッチを押したのも自分です。ECSの空曹2名が誘導したのも私の命令です」永坂と呼ばれた3尉は指揮所運用隊の1尉に全責任を負う覚悟を示した。日支事変でも紛争拡大を狙う現地部隊の将校が日中の接触地帯に斥候に出て、両軍の陣地に向けて発砲することで戦闘を発生させる策謀が横行した。この3尉が防衛出動の発令を引き出すためにロシア軍機を撃墜したとすれば策としてはそれなりに高度だ。
「確かにECMを受ければEP(電子戦防護)で対処しても探知能力は落ちる。それに乗じて攻撃を受ければ稚内は真っ先に殺られる。お前が言う自衛措置も理解できないことはない。特にお前たちは敵のミサイルで破壊されたレーダーサイトを見ながら勤務しているんだからな」部内出身で教育隊の中隊長を経験しているベテランの1尉は3尉の弁明を「今時の若手幹部には珍しい気骨ある武人」と勝手に感激しながら受け止めた。その時、ECSのドアが開いて射撃小隊の2尉と空曹2人が入ってきた。
「永坂、隊長が呼んでいる。隊本部車へ行け」「鈴木1曹と伊藤2曹もです」「幹部の引き継ぎは省略する。管制係は撃墜した位置だけを申し送れ」2尉は3尉が譲った幹部席に腰を下ろすと3人を追い出すように指示を与えた。
「誰に断って発射した」梯子を登ってトラックの荷台に載せてある隊本部のコンテナに入ると高射隊長は壁際の長椅子から立ち上がって待っていた。開口一番は自分の管理者としての職責を侵害したことへの叱責からだった。3尉は姿勢を正したまま目を直視して答えた。
「自分の独断です」「お前は1発5億円のPAC3を勝手に使ったんだぞ。弁償できるのか」続いて指揮所長の1尉が嫌味を口にした。高射隊では後方職種=輸送幹部の管理小隊長が補給業務を担当しているが予算は総括班長の仕事だ。それだけに嫌味も予算に絡めている。
「発射に際しては周辺の隊員の退避を確認するのが手順のはずだ。今回はそれを怠っただろう」「どうもすみません」技術屋の整備小隊長の非難はやはり理屈っぽい。この人物が苦手な3尉は素直に謝罪した。航空機部隊では使用者のパイロットが生命を賭けて飛んでいるため整備員は聖職者に奉仕するような気分で仕事に万全を期す。一方、高射部隊では故障自体が点検で判明する不具合に過ぎないので緊張感はないに等しく、発射小隊は「有事に発射できなかったらどうするんだ」と整備小隊を批判し、整備小隊は「間違った使い方をして壊したに違いない」と射撃小隊への不信感を露わにする。元は発射要員の3尉が苦手なのは至極当然だった。
「お前の6高群の彼女は根室の事件で死んでしまったんだよな」「はい・・・」門外漢の管理小隊長は発言しそうもないので直属上司の射撃小隊長が口を開いた。
3尉は奈良の幹部候補生学校で大学を卒業して入隊した一般(部外)課程のWAFの同期から高射部隊について質問されて熱弁を奮った結果、高射幹部にしてしまった。同時に交際が始まり、日帰りで十分な京都や大阪に一泊で出かけて深く愛し合うようになって一緒に浜松基地の第1術科学校(2020年に統合された)の高射課程に入校した。部隊配置ではWAFが八雲分屯基地の第6高射群、3尉は千歳基地の第3高射群と隣り同士になり、交際は順調に進んでいた。その愛するWAFがPAC3の地上での爆発によって無残に戦死してしまった。第6高射群が全滅した現場には知床の環境団体に同行していた記者たちが早々に駆けつけ、収容が始まる前の遺骸を撮影したがWAFはECSの幹部席に座ったまま蒸し焼きになっていた。そのような悲惨な画像は新聞やテレビには使用できないが何者かがインターネットに投稿したため悲報を聞いた3尉もスマートホンを検索して焼けて唇が縮み、前歯が剥き出しになった死に顔を見てしまった。射撃小隊長は慟哭の淵に沈んでいた3尉が復讐心を燃え立たせるようになったのを見て日本人工作員への報復を危惧していたがこの事態までは想像していなかった。
  1. 2022/12/28(水) 14:27:48|
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