「オホーツクのベアの護衛戦闘機が進路を変更しました。トップ(先端・稚内のコールサイン=仮称)とエクスト(番外・網走の同前)、ナッシング(何もない・襟裳の同前)に向かいます。1機はサハリンにリターン(帰投)」北部航空方面隊指揮所が航空総隊指揮所と稚内の高射隊によるロシア軍機の撃墜について協議している時、ディッパーは新たな事態を探知した。
「CAP(コンバット・エア・パトロール=戦術空中哨戒)中のフォックス6機に迎撃させろ。千歳、三沢、ホットスクランブル」先任指令官が矢継ぎ早に指示している声を聞いたノースSOCの司令官以下の首脳陣はスクリーンの航跡映像を注視した。入間から飛来するRCー2を護衛するために上空待機させていた第2航空団の6機のFー15は東北地方上空を南下しているので反転させても間に合いそうもない。そのため千歳と三沢に緊急発進を命じたのだ。
「ノーザン・エリア(北部航空方面隊空域)にアップルジャック(空襲警報の最高段階=赤)を発令、各サイトは基地防空を開始しろ」「稚内の3航空群に撃墜を命じましょう」「よし、殺らせろ」ECSで勤務中の3尉の独断によるロシア軍機撃墜と言う想定外の事態に運用幕僚の高射幹部はECMを未然に塞いだ戦功を誇示することもできず、総隊司令部の叱責に近い確認に平伏低頭しながら説明してる防衛部長を黙って見ていたが、SOCに焦りの空気が満ちて来たのを察知して意見具申した。すると北部航空方面隊司令官は即座に許可した。
「3高群、こちら北空指揮所、オホーツク海上空のロシア軍機4機を撃墜しろ。発射は自由射撃とする」「了解、網走方向の1機は射程距離ギリギリなので結果は不明ですが、4発を発射します」高射幹部が専用電話で北海道立宗谷ふるさと公園に展開している第3高射群指揮所運用隊のECSに連絡すると運用小隊長の1尉が応対した。昔堅気の1尉は配属直後の導入教育で会った永坂3尉が武勲を上げたことへの感激を腹の中で増幅させていたので、この命令には感謝感激だった。1尉は電話を保留すると顔を引き締めて先ほどから捕捉・追尾している航跡に目標番号を付与して4個高射隊に発射を指令した。
4機の起点になるオホーツク海の上空から稚内はこちらに向かってくるので空対地ミサイルとの射程距離の勝負だが、太平洋岸の襟裳岬を攻撃しようとすれば網走との中間にある紋別から北海道を縦断しなければならない。それでも稚内から網走の直線距離258キロに比べれば迎撃は容易だ。問題は送り狼になる樺太だが、稚内から島の南端までは43キロでも発進した基地は中央付近なので500キロ以上あり、射程外に出るまでに撃墜しなければならない。その戦術判断が現場の若い高射幹部たちに下せるのか。1尉自身も長年にわたりASPを実戦とする高射群で勤務してきたので逃げ回る標的機を追尾して撃墜するゲームには熟練していてもレーダー上に射程距離の円を描いて航跡がそこを通過する間に発射し、管制誘導して命中させる複雑な実戦は経験していない。その大役は稚内分屯基地の高射隊の永坂3尉と交代した2尉に託すことにした。それは技量ではなく現在上番中の射撃係幹部の先任順で決めた。
「今度は命令ですね」案の定、稚内分屯基地の2尉は無用な念を押したが、気分は理解できないことはない。次の瞬間、稚内市の4隅の展開地のLS(発射機)から炎を噴いたPAC3が突き上がり、白煙で大空に線を引いて消えていった。指揮所運用隊から連絡を受けた第3高射群司令や各高射隊長は指揮車両から下りて4発のPAC3が発射される光景を見ていたが双眼鏡でも上空での戦果は確認することはできなかった。
「ロシアン1機は国後にランディング(着陸)しました」第3高射群の防空戦闘は樺太に帰る1機はオホーツク海を迂回して射程距離内を通らずに失敗、網走も海面を超低空で飛行してきたため高射隊のレーダーでは追尾できずに失敗したが、遠軽駐屯地に展開している陸上自衛隊の第1高射特科群の改良ホークのレーダーが捕捉したことでロシア軍パイロットが動揺し、空対地ミサイルを発射することなく国後島に逃げた。
昭和62年12月9日に航空自衛隊が初の警告射撃を実施したソ連軍機による沖縄の領土(那覇基地や普天間基地、嘉手納基地の上空を含む)侵犯事件でも真上を通過されたため航空自衛隊のレーダーは航跡を喪失し、緊急発進して随伴しているFー4EJ戦闘機のSIF信号で位置を推定していたが、連絡を受けて迎撃準備を整えていた陸上自衛隊勝連駐屯地の第6高射特科群第324高射中隊のホークのレーダーだけは追尾していた。しかし、当時は演習以外のホーク部隊と航空自衛隊警戒管制部隊の情報の接続はなかったため事件後の検証資料として提供を受けることになった。陸上自衛隊恐るべし。
「ロシア軍がレーダー潰しに出たと言うことは本格侵攻が近いことになるな」折り合えずの緊急事態は第3高射群の活躍と陸上自衛隊第1高射特科群の助力で切り抜けたが航空総隊司令部と北部航空方面隊司令部ではこのロシア軍の動きを開戦の前奏と受け止めていた。
- 2022/12/29(木) 15:36:28|
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