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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ354

「これは暴動だ」市ヶ谷地区の防衛省内局庁舎の地下にある中央指揮所では緊急事態を察知した担当の官僚に呼び出されて席についていた釜田防衛大臣が怒声を上げた。その様子を同じく呼び出された統合幕僚長と陸海空幕僚長は冷ややかに見ていた。釜田防衛大臣は海上自衛隊の特別イージス艦隊が弾道ミサイル破壊措置命令を受けずに独断で撃破したことにも激怒したが、保守系マスコミが「日本が守られた」と賞賛し、反日マスコミも批判はしなかったため記者会見では肯定的に評価した。続く日本人が同乗した爆撃機の編隊が日本海上空で消滅した事件では緊急発進した航空自衛隊の要撃機の位置が空対空ミサイルの射程距離に至っていなかったため原因不明と弁明したが、前回の在任中に幕僚長に迷惑を掛けられた航空自衛隊に対する嫌悪感は強まった。今回はその航空自衛隊が公然と独断専行で開戦の火蓋を切ったのだ。
「このベアはECM、電子戦型だと思われます。放置すればEP(電子戦防護)を実施しても北部方面隊のレーダーサイトは目潰しを受けて盲(めくら)の戦闘、座頭市になります」「盲は身体障害者を冒涜する表現だ。座頭市も同様で適切ではない。訂正しろ」航空幕僚長の説明に事務次官が横槍を入れた。盲目の座頭=按摩の市が杖に仕込んだ刀で悪人を斬る痛快時代劇の座頭市は昭和37年から1989年まで映画26作が公開され、昭和49年から54年まで4回テレビドラマ化されている。しかし、劇中で悪人が市を挑発・冒涜する「盲」などの台詞や座頭と言う職業呼称が差別用語になるため今では題名すら紹介されなくなっている。しかし、昭和世代にはレーダー情報を喪失した中での戦闘を理解するには適切な表現だ。
「それでは航空総隊が撃墜を命令したのか」「いいえ、現在、北空が調査していますが初弾については北空SOCやノースDC(北部防空指令所)も命じていていないようです。その後の北海道のレーダー・サイトを攻撃してきた護衛戦闘機については北空の命令で3高群が実施しました」「破壊措置命令は出していないぞ」再び事務次官が割って入った。
かつて戦前に思想犯弾圧を繰り広げた特別高等警察を統括していた内務省の官僚から敗戦後に創設された警察予備隊に転任した海原治は海外では国民によって選任された政治家が軍を指揮することを意味するシビリアン・コントロール=文民統制を背広を着た官僚が制服を着ている自衛官を屈服させることに歪曲し、防衛庁・自衛隊の主従関係を作り上げた。ところが栗栖弘臣統合幕僚会議議長が昭和53年4月に尖閣諸島の領海内に中国の漁船100隻が侵入して違法操業した事態を防衛庁長官に報告しようとしたところ秘書官の官僚が「事前予約していない」と面会を拒否したため組織構造上の欠陥を指摘したことで政治家も問題を認識した。そのため中曽根政権以降、首相や防衛庁長官と制服組=自衛官の面談が恒例化して現在では統合幕僚長と事務次官は同格とされている。一方、釜田防衛大臣は古い体質の政治屋のため海原の誤った文民統制を学習したらしく側近として取り囲み、日本限定の政治的常識を助言する官僚を重用してマスコミに叩かれる原因を作る自衛官を嫌悪・蔑視しているようだ。
「つまり3コーグンが勝手にロシア軍機を撃墜したんだな。それが切っ掛けでロシア軍が本気で攻めてきたら誰が責任を取るんだ」「すでに本気で攻めてきています。だからECMを仕掛けてきたんです」「次は地上部隊の侵攻です」第3高射群の略称も知らないらしい釜田防衛大臣の叱責に航空幕僚長と陸上幕僚長が公然と反論した。事態はこれ以上の防衛出動の先伸ばしは容認できない段階に至っている。今回のツボレフ95ベアの撃墜も対処療法に過ぎない。
「今度は航空自衛隊が撃墜したことを認めざるを得ない。若し今回も日本人が同乗させられていれば国民殺しの批判にどう言い逃れするつもりだ」「ご愁傷さまと手を合わせましょう。何なら全自衛隊で1分間の黙祷でもしましょうか」「君は制服組の最高責任者として大臣に進退を伺うべきじゃあないのか」事務次官の指弾に統合幕僚長が茶化したように答えると目つきを厳しくして本音を漏らした。それでも文官では武官との睨み合いに勝てそうもない。
「サハリン南部から大編隊が発進しました。速度と飛行形態からヘリコプターと思われます。機数は識別できるだけでも30機」「国後からも大編隊・・・サハリン中部からも編隊が、輸送機と思われます」釜田防衛大臣が事務次官の前置きに続いて統合幕僚長の更迭を宣告しようとした時、中央指揮所に航空総隊指揮所運用隊の説明が流れ、全員が大臣席の正面に設置しているモニター・スクリーンを見るとレーダー映像には北海道の北部に短い線(低速度)を引きながら南下しているRシンボルを冠した多くの航跡が目に入った。編隊は上昇しながら間隔を広げているのでこの機数では稚内の第3高射群には対応し切れない。
「ミル26だな」「あれはCー130程度のペイロードだから歩兵なら90名以上搭乗できる」「30機なら2800名、1個連隊と言うところだ」絶妙なタイミングの侵攻開始に茫然自失している釜田防衛大臣と事務次官を放置して幕僚長たちは淡々と専門知識を交換した。
  1. 2022/12/31(土) 14:17:20|
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