「サハリンからヘリの大群がくる。携SAMを持って配置につけ」稚内に展開している航空自衛隊第3高射群の警備に当たっている即応予備自衛官の陸上自衛隊第52普通科連隊第2中隊の各小隊は第18警戒隊から中隊本部への無線連絡を傍受している。稚内分屯基地では千歳基地から第1移動警戒隊が派遣されて監視を再開しているが、同じ千歳基地の第2基地防空隊はロシアの参戦の可能性が高まった段階から主力を奥尻島に配置していて同行していない。
「機数は」「現段階では攻撃ヘリ5機が先行して後続に輸送ヘリが30機だ。ヘリは間隔を取って接近してくるから1機をよく狙って確実に撃墜しろ。この機数では空自のペトリは弾数が足りないから対応できないそうだ」「携SAMは各展開地に20発ずつ、80発しかありません。目標を指定した方が良くないですか」「そんな時間はない。行け」稚内市内でも宗谷岬周辺の漁港と牧場に移動した高射隊の警備を担当している森田予備3曹と春木予備3曹も小隊長の曹長か命令を受けて牧場の牛舎に積み上げている箱から91式携帯地対空誘導弾を2基取り出すと両肩に担いで外に掛け出した。春木予備3曹も後を追い、牛舎の外で逆に向かった。それはここに移動してきてすぐに蛸壷壕を掘った発射地点で、上空からの機銃掃射で2人が同時に死傷しないだけの間隔を取っている。
「春木、位置につきました」「森田、位置につきました」「発射前にガスマスクを装着することを忘れるな」「はい、春木3曹」「はい、森田3曹」牧場の柵の下に掘った壕の中から無線で連絡すると曹長は注意を与えた。初期のバズーガ砲から現在の携SAMまでのロケット砲では弾頭が噴出する火焔が発射筒を出た瞬間に大きく広がるので射手が顔面を火傷することが多い。そのためガスマスクを装着するのだが、ガスマスクの目の部分の透明プラスチックは視界を大きく遮るので肉眼で敵を探し、目標を特定してから迅速にガスマスクを装着して狙い直して発射することになる。ついでに言えば鉄帽=ヘルメットを被り忘れてはいけない。
「航空はどうしてペトリを露出しておくんですかね。バラキューダを掛けてるだけじゃあないですか」「確かにウチの高射特科なら半地下式に埋設するか、せめて周囲に土嚢を積むよな。根室の6高群も1発が爆発したら全弾が誘爆したんだぞ」壕の中からも牧場の草原に設置したLS(発射装置)に施したバラキューダ(赤外線とミリ波を樹木と同程度反射する迷彩色の布製偽装網)が不自然な小山のように見える。しかし、その中身は弾体を露出したPAC3だ。一方、陸上自衛隊の高射特科群は演習でも改良ホークを地面に掘った陣地に収納し、舗装された場所でも土嚢を積み上げて防護している。父の森田定年2佐が八雲の第6高射群の管理小隊長だった時、演習で陣地構築を提案したところ射撃小隊長が強硬に反対した。その体質が改まらなかったから今回の悲劇を招いたのだろう。
「森田3曹、エンジン音が聞こえますね」「うん、こっちに向かってくるな」間もなく海からの風に乗って低空飛行のヘリコプターのエンジン音とローターが空気を叩く音が聞こえてきた。おそらく先行する攻撃ヘリが対地攻撃を開始するのだ。
「春木3曹、目標1機確認、こちらに向かってきます。おそらく目標は牧場の発射機、撃墜します」「了解、落ちついで狙え」春木予備3曹は小隊長に報告すると発射許可を受けた。森田予備3曹も壕から上半身を乗り出して肩に担いだ携SAMを構えた。すると写真で憶えた陸上自衛隊のAH―64攻撃ヘリを肥満にしたようなミル28が海面に風でさざ波を立てるほどの低高度で接近してきた。進行方向は牧場の丘の上のヴバラキューダで作った小山のようだ。
シャ―ッ。目測で5キロの射程距離に入った時、春木予備3曹の配置場所から空気を焦がす発射音が聞え、明るい炎が尾を曳き、多少方向を変えながらミル28に飛んでいった。次の瞬間、ミル28は炎に包まれ、海面に落下しながら見栄えがしない花火のように爆発した。
「撃墜しました。まだ海上だったので地上に被害はありません」「よし、よくやった。携SAMはもう1発あるんだな。時間があれば何発か運んでおけ」「はい」春木予備3曹の報告に小隊長は満足そうに答えた。前回の展開地に向かう道路の警備で森田予備3曹が4輪駆動車の後部座席で不審な動きをした男を射殺した時、春木予備3曹は「実際に人を殺した心持ち」を訊いてきた。特にその夜の仮眠中、当事者の森田予備3曹ではなく春木予備3曹が酷くうなされていた。森田予備3曹が起こすと現場で見た死んだ男に殺される夢を見たとのことだった。そこで森田予備3曹は父親から聞いた「戦場で殺すのは人間ではなく敵だ」と言う教えを語ったが今日は迷うことなく2人を殺している。
「今度はミル26輸送ヘリが5機接近します」「目標が重ならないように左右から射て」小隊長の指揮で2人は襲来するヘリコプターの編隊を迎撃した。それでも上空で爆発したミル26輸送ヘリから身体に火が点いた多くの搭乗員が海面に落ちていく光景には目を反らした。
- 2023/01/01(日) 15:00:10|
- 夜の連続小説9
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