「残った敵の輸送ヘリは携SAMの射程を迂回して猿払方面に飛んでいきます」森田予備3曹と春木予備3曹が宗谷岬の展開地を攻撃してきたロシア軍のミル28攻撃ヘリコプター2機とミル26輸送ヘリコプター1機を撃墜した時、対岸の稚内分屯基地に配備されている陸上自衛隊第52普通科連隊第2中隊の警備小隊も同程度の戦果を上げた。すると生き残った2機のミル28と28機のミル26は進路を東に変えて91式携帯地対空誘導弾の5キロ前後の射程を迂回するように飛行し始めた。かつて悪夢の民政党政権では千石官房長官が防衛省の内局や旧防衛施設庁が予算要求や設計・工事の資料として保有していたレーダーなどの防衛装備品の性能諸元を入手すると全て中国に引き渡した。それから中国軍はその弱点を確認する行動を続けているので、おそらくロシア軍も中国経由で91式携帯地対空誘導弾の性能を入手したのだろう。それはオホーツク海上空から樺太中央部の基地に戻る護衛戦闘機も同様だった。
「了解、あちらには3普連の1個中隊が待機している。先ほど中隊本部が警報を伝達した」春木予備3曹の報告に小隊長は2人を安心させるように余計な説明をしたが、この無線には秘匿装置が付いていないので不用意に部隊の配置は漏らすべきではない。
「敵攻撃ヘリ2機、接近します」「装甲車内で待機、やり過ごせ」その頃、猿払村の海岸まで迫る森の中では名寄駐屯地から出動した第3普通科連隊の第4中隊が装甲車で機動・展開していた。4中隊はかつて田島1尉が中隊長を勤め、安川3曹や森田曹侯補士が所属していた。名寄の第3普通科連隊は冬季オリンピックのバイアスロン競技の日本代表が多数所属し、零下30度の酷寒の雪中訓練で勇名を馳せているが、現在は北海道北部への奇襲的着上陸に初動対処するため完全装甲車化されている。その車体はバラキューダで偽装してあるので森の中に潜めば上空からのレーダーや赤外線では識別できない。
「続いて輸送ヘリ多数が接近します」「よし、こいつは全滅させろ。携SAM要員、下車。第3小隊長が指揮を執れ」中隊長の命令を受けて各装甲車から両肩に91式携帯地対空誘導弾を担いだ隊員が下車して視界が開ける海岸道路の脇の立木の幹に身を隠した。
「1番から右を狙え。発射前にガス・マスクを装着しろ。発射命令は呼子(よびこ)とする」「はい、1番手」「はい、2番手」・・・携SAM要員たちの中央で指揮官の第3小隊長の曹長が大声で指示を与えた。その間にも海上では青空にばら撒いたような黒い点が機影になり、海風に混じった爆音が大きくなっている。このタイミングを逃せば肉声での指示は端まで届かなくなる。それにしてもホイッスルを呼子と言うこの曹長は何歳なのか。
「射程距離に入ったな。全弾発射用意・・・ピーッ」双眼鏡で前方を確認していた曹長はよく通る肉声で予令を与えた後、強く呼子を吹き鳴らした。すると10本の黒い棒状の弾頭が炎を曳いて森から飛び出し、数十分前に宗谷岬で森田予備3曹と春木予備3曹が目撃した光景が10倍の規模で再現された。それでも半数=8機のミル26は回避行動を取りながらも進路をこちらに向けてくる。背後からは攻撃ヘリの旋回するエンジン音も聞こえ始めた。
「携SAMを交換しろ。目標8機、射撃要領は同じ。左の2名は通過した攻撃ヘリを狙え。射撃準備が完了した者は手を触れ」「1番よし、2番よし・・・全員よし」おそらく曹長の声が届いているのではなく訓練や作業を通じて以心伝心のケーブルが結ばれていて聞こえなくても意図を体することができるのだろう。曹長は手を振った携SAM要員が構えたのを確認すると「発射用意」の予令の後、再び呼子を吹いた。同時に8本の弾頭が飛び出し、慌てて回避行動を取るミル26の巨体を弄ぶように追いかけ、太い胴体の側面に突き刺さって爆発した。携SAM要員たちは背後から迫る攻撃ヘリの爆音を聞きながらも発射した姿勢を変えずに目標を照準し続けて誘導し、全機を撃墜した。ミル26は機体の中央部で裂けて炎上し、中から全身が火に包まれた歩兵たちが零れ落ちて海面で水飛沫を上げる一部始終が距離の迫った分だけ映画の一場面のように間近に見えた。
「森の中へ退避、各人分かれて走れ。撃ち空は放棄しろ(携SAMは基本的に使い捨て)。9番と10番はその場に伏せ」目の前で上映された超リアルな地獄絵図に携SAM要員たちが見入っているとヘリコプターの爆音と共に森の中で爆発音が響き、火の粉が混じった熱風が吹いてきた。内陸まで捜索に入ったミル28が2射目で発射地点を特定して反撃してきたのだ。
「よし、通り過ぎて前方に出たらそこで発射しろ。先ずは狙え」曹長は2発を射ち終わった携SAM要員の退避を見届けると残した2人の間に移動して指揮を継続した。若い2人も伏せた頭上を空気を裂いて飛散してくる爆弾の破片に怯えていたが、曹長の顔を見て落ちついた。
「よし、来るぞ」「9番、捕捉」「10番、捕捉」「射撃用意・・・射て」小型爆弾を森の中に投下しながら海上に出た攻撃ヘリコプーも撃墜して取り敢えず緒戦は跳ね退けた。
- 2023/01/02(月) 14:11:24|
- 夜の連続小説9
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