「トップ(稚内のコールサイン=仮称)の上空を突破されたぞ、それも4機だ」稚内と猿払村の陸上自衛隊が携SAM=91式携帯地対空誘導弾でロシア軍のミル28攻撃ヘリコプターとミル26輸送ヘリコプターを全滅させた頃、三沢のディッパー=北部防空指令所では監視係の空士の絶叫が暗くて広い地下空間に響いていた。第3高射群の各隊も警備に当たる陸上自衛隊と同様に第18警戒隊の指揮所との無線交信で樺太南端から発進したヘリコプターの機数が発射可能な弾数よりも多いと判ると迎撃することなく隊員は退避していた。また第2航空団の戦闘機も自由射撃を阻害しないために接近を避けていたので樺太中央部の基地を離陸して飛来した4機のロシア軍機は難なく北海道上空に侵入していた。
「CAP中のフォックスを向かわせろ。ロック・オン(レーダー照準)でき次第、撃墜しろ」「しかし、北海道上空で撃墜すれば住民に被害が及ぶ恐れがある」「道北の一般市民は避難を完了した。残っているのは覚悟を決めた希望者だけだ」シニア・ディレクター=先任指令官は襟裳岬の周辺空域でCAP(戦術空中哨戒)している2機のFー15に迎撃させるように指示したが、交信を傍受しているノースSOCの幕僚たちの間で議論が起こった。
「ロシア機は高度を急速に下げています。現在、中川町上空」「名寄のホークは」「PAC2の射程外のオホーツク海と日本海沿岸に展開しています。今から連絡します」シニア・ディレクターは襟裳岬から北北西に向かった2機のFー15の位置では北海道北部を南下する4機のロシア軍機が道央に達するのを阻止できないと判断して藁にでも縋る思いで名寄駐屯地の改良ホーク部隊に期待を託したが手遅れのようだった。
「ロシアン1機、ロスト(航跡消滅)、もう1機もロスト。エマージェンシー・シンボル(緊急表示信号)点灯」その時、コンソール上の北海道北部に表示されていたR(ロシア)シンボルを冠した航跡が突然に2つ消滅し、その位置に独特の形をしたエマージェンシー・シンボルが点滅を始めた。これは平時では航空機事故を意味する。
「羽幌町に展開している陸自の4高特群から緊急連絡です。航空の交信を傍受して敵機と判断した。2機を撃墜した。残存の2機は回避行動をとりながら南下を続けている。すでに射程距離外だ。エンジン音から考えて大型のジェット機だろう」先日のECM型ツボレフ95ベアの護衛戦闘機を遠軽に展開していた第1高射特科群が射撃用レーダーを照射することで追い払って以来、北海道内の改良ホーク部隊の展開地とノースSOCは交信が接続されている。
「大型機となるとバジャーかな」「輸送機が空挺部隊を降下させる可能性もある。そうなるとイリューシン76かも知れないぞ」「イリューシン76ならミル26の3倍は乗れる。つまり2機で6機分だ」「旭川の陸自は出払っているだろう。留守宅に押し込み強盗が舞い下りるようなものだ」先ほどノースSOCでは監理部の幕僚たちが撃墜した機体で地上が受ける被害を危惧して議論を始めていたがそれが現実になると口をつぐみ、代わって防衛部の運用幕僚たちが戦局の展開を予測してマイナス思考の議論を再開した。
「旭川上空でロシアン1機ロスト、続いてもう1機、これで全機ロスト」「高度は330(フィート=約100メートル)か・・・空挺降下には低過ぎるな」「強行着陸するつもりだったようだ」ディッパーの監視係の空士が今度は淡々と報告するとコンソールを注視していたノースSOCの運用幕僚たちが状況を分析した。やはりロシア軍は得意技の空挺部隊による奇襲攻撃を実施したくても空挺要員の大半をウクライナ侵攻の緒戦で失ったため人員が確保できず、旭川空港に強行着陸するつもりだったようだ。そうなると逆に市民の多くが避難した旭川市内や空港周辺には手引きする日本人工作員が集結している可能性がある。
その頃、旭川市の郊外にある広橋牧場では牛舎の片隅で寝起きしている旭川駐屯地の自動車教習所の教官の陸曹2名が第2師団司令部からの無線連絡を受けて双眼鏡で上空を監視していた。2人には10発の携SAMが与えられて旭川周辺空域での防空戦闘を命じられている。
「来た。あれがロスケの輸送機だ」「畜生、悠々と高度を下げやがって。管制官が誘導してやがるんだな」双眼鏡で視認したロシア軍の大型輸送機は一直線ではなく2機が編隊を乱しながら接近してくるが、高度は普通に着陸する民間機と大差ない。空港では国土交通省の労組系の航空管制官が大歓迎しながら誘導しているのかも知れない。
「4高特群が2機、落としたらしい。あれは撃ち漏らしだ」「それじゃあ俺たちが始末を着けなくちゃあいかんな」2人は顔を見合わせてうなずくと太腿の収納袋からガスマスクを取り出して被り、足元の草の上に置いている携SAMを肩に担ぎ、決めていた目標を狙った。
ブシュッ、シュー。同時に2基の携SAMが火を吹いて広橋牧場の牧歌的な風景から2本の煙が地獄への曳き綱になって飛んだ。2機300名の兵員の肉体は血の雨となって降り注いだ。
- 2023/01/04(水) 13:18:07|
- 夜の連続小説9
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