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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

1月11日・元祖「トモダチ作戦」・三沢大火が発生した。

八甲田下ろしの寒風が吹き荒ぶ昭和41(1966)年の明日1月11日に青森県三沢市で中心街の大半が焼失する大火が発生し、在日アメリカ軍が消火と救助に大活躍しました。
この日は朝から最大風速26メートルを記録する強風が吹きまくっていて午後2時14分頃に商店街の一角から火の手が上がると瞬く間に燃え広がったのです。三沢市の商店街は基地正門の手前(正門は少しずれた位置にある)から伸びる一直線の道路の両側に個人商店が軒を連ねる典型的な地方都市の形態だったため1軒1軒を個別に消火しなければならず当然、市の消防署や地元自治会の消防団では手に負えなくなり、航空自衛隊三沢基地に消火出動要請を発しました。すると基地でも近隣で発生した火災に出動する準備を整えていて、特に基地内に1つの都市のような官舎地区を抱えている在日アメリア軍の消防隊は自衛隊よりも規模が大きいため出番を待ちかねていたのです。
そうして出動した在日アメリカ軍消防隊は市の消防署よりも大型の消防車を使って消火を開始しましたが残念ながら消火栓の水圧が低く威力は十分には発揮できませんでした。それでも隊員たちは体感気温が氷点下の強烈な寒風の中、全身に冷水を浴びながら消火と救助に当たり(ヨーロッパ人は日本人よりも寒さに強いとは言え)、類焼を防ぎながら火勢を鎮め、5時間40分後の午後7時55分頃に鎮火させたのです。消火活動には航空自衛隊三沢基地や海上自衛隊八戸基地からも消防隊が派遣され、八戸市や十和田地域、北部上北広域区の消防署が出動しました。結局、出火原因は炊事の火の不始末で450棟が炎上・類焼し、745世帯の2353人が焼け出され(多くは屋内が水浸しになった)、26人が負傷しましたが、死者が出なかったことは不幸中の幸いでした。
実はアメリカ人の国民性は困っている人、危ない目に遭っている人を見ると即座に手を差し伸べる正義感が日本人よりも強く、野僧が沖縄で勤務していた頃にも在日アメリカ軍の兵士が海水浴中に溺れた日本人を見つけると「救助に失敗して責任を問われるくらいなら人を呼んだ方が得策」などと計算する前に海に飛び込み、救い上げれば人工呼吸を始めるのを何度か目撃しました。ところが沖縄二大紙とテレビは一切取り上げませんでした。
そうして平成に入ってからは1995年9月4日に発生した在沖縄の海兵隊員2名と海軍軍属1名が小学生を拉致・強姦した事件を大田昌秀知事が反アメリカ軍世論の扇動に利用したことで本来は航空機事故であり、原因は基地周辺に大学を開設したことにある2004年8月13日の普天間基地の海兵隊ヘリコプター墜落事故まで在日アメリカ軍の存在を悪事とする基地反対運動につなげ、今では「世界で最も地元との信頼関係が強固な在外海兵隊基地」と呼ばれている岩国基地までヒロシマの反戦平和団体の標的にされています。
そんな中、2011年3月11日に発生した東北地区太平洋沖大地震では在沖縄の海兵隊を中心とする航空母艦を含む大規模な部隊の災害派遣「トモダチ作戦」を申し入れましたが「在日アメリカ軍は悪者でなければ困る」と思い込んでいた民主党の菅(かん)直人政権は難色を示し、結局、岩手県気仙沼市の人目につかない離島を担当させたのです。このまま歴史の事実に目を背けていては日本人も韓国人並みの忘恩の徒に成り下がってしまいます。
  1. 2023/01/10(火) 13:33:12|
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