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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ366

「謙作は稚内に行ってるでしょ」「招集されてからは照子にも連絡が入らなくなったそうだが、地元の噂では謙作の部隊は3高群の警備で稚内に派遣されたらしい。おそらく戦闘中だな」愛媛県の森田家では道知事の発案で始まった道内向けFM放送のDJとして札幌に残った照子が千歳空港から福岡空港に向かう避難者用特別便に乗せた孫の日和と周作を預かっていた。2人はこちらの小学校に臨時編入させている。40歳代の育代はいきなり「お祖母ちゃん」になったが、連れ子の高校生の純友とみかんが「叔父ちゃん」「叔母ちゃん」と呼ばれることを面白がっているので一緒に楽しんでいる。それでも武力衝突の話題は夫婦で勤めている職場限定にしていて、純友とみかんにも徹底させている。
「陸の予備自衛官は基本的には陣地の警備や後方支援を担当して戦闘が始まれば欠員の補充に当てられるんだ。現段階では高射群の展開地の警備だろう」森田定年2佐も中国、韓国、ロシアとの武力紛争の全体像と同時に北海道の情勢を注視しているが、根室で第6高射群が全滅したのは自隊警備の能力不足=緊張感の欠落が原因であることは八雲分屯基地で勤務した経験から推察している。一方、稚内では機材を破壊するために接近した日本人の工作員を警備に当たっていた陸上自衛隊が射殺・捕獲したことをテレビのニュースと新聞で知り、父親としてそれが謙作の武勲であると直感していた。ただし、テレビや新聞は「自衛隊が日本人を射殺した」と言う論調だったので所属や氏名が伏せられていたのは幸いだった。
「今回はロシア軍のヘリコプターを全滅させたって言うけど謙作みたいな普通科でも迎撃できるのかしら」「今は携SAMを持っているからヘリなら撃墜できるはずだよ」育代の亡くなった夫は松山駐屯地の第14高射特科隊所属の陸曹で第110教育大隊や愛媛地方協力本部を渡り歩いていたので家庭での雑談もかなり専門的で高度だったらしい。地対空ミサイルを運用する対空戦闘の専門家から見れば普通科は小銃や機関銃で空に向かって射つ素人に過ぎず、育代の前でも「戦時中の竹槍よりはまし」などと小馬鹿にしていたようだ。
「このまま稚内に配備されているとロシア軍が着上陸してくれば迎撃戦になるな。高射群はペトリ(ペトリオット=現在はPAC2か3)を射ち尽くせば逃げ出すんだろうが、エーシャン(A&W=警戒管制)はレーダーが破壊されても分屯基地の廃棄命令が出るまで撤退はできん。そうなると陸も一緒に戦うはずだ」森田定年2佐は空曹時代には警戒管制員で現在はミサイルでレーダーを破壊された根室分屯基地に展開している入間基地の第2移動警戒隊で勤務していたから戦時の覚悟は熟知している。逆に輸送幹部になってから配属された第6高射群ではスポーツの感覚で年次射撃だけを目標に訓練する実態を傍観していたので、試合終了で悪ぶれることもなくスタジアムから退去する姿を想像していた。
「私がこんなことを訊くべきじゃあないんだけど・・・万が一、謙作に何かあれば日和と周作はどうするの」感情を交えずに最悪の事態を説明した森田定年2佐に育代はそれを前提にした質問を投げかけた。結婚前後の照子の広橋家との話し合いでは牧場の跡継ぎとして男子1人は広橋家に残し、男女を問わず他の子供を森田家に譲ることになっている。しかし、このまま戦争に発展すれば旭川も戦場になり、広橋家の牧場は破壊されてしまうはずだ。そうなると牧場に残っている広橋家の両親や男性の親族も危うくなり、札幌に疎開した照子や親族の妻子たちだけになる。照子を愛媛に引き取って遺児になった日和と周作を育てさせるのが常識な判断だが戦争終結後の日本がどうなっているか予測できない。戦中戦後には戦死者の遺族恩給を目当てに嫁を婚家が引き留めて兄や弟との結婚を強要することが横行したが、その遺族恩給=自衛隊の殉職者の賞恤金(しょうじゅつきん)が支給されるのかも不明だ。
「あの子、人殺しになったのね。次は自分が殺されることが判らないのかしら」同じ頃、同じ愛媛県では謙作を生んだ別れた母親の秀子が兄の代になっている実家の松原家の居間で新聞を読みながら訊く者に不快感を与える呟きを口にしていた。離婚後の秀子は市役所の自治労の活動家の不倫相手の妻に慰謝料を要求され、男の方は妻と縒りを戻したため結果的に捨てられた。そのため実家の農耕を手伝うことでハナレに居候している。それでも松山市内のキリスト教系女子大で染められ、自治労の政治運動を手伝っていた時に思い出した反戦平和=反政府・反自衛隊の政治意識は前夫への逆恨みを燃料にして今も腹の中で激しく炎を上げている。それでも不倫以上に夫への裏切りを恥じる兄からは政治活動はおろか政治的発言も厳禁されているので無理やり蓋をして沸々と不完全燃焼にさせていた。
「私が母としてあの子を救うしかないわ。あの子が殺人集団に居られなくするにはどうしたら良いのかしら・・・」秀子は謙作を懲戒免職に追い込む手段として元夫が現役時代に自衛官として自戒自制していたことを思い出し始めた。それを午後の畑仕事の間も続けた。
  1. 2023/01/12(木) 13:18:33|
  2. 夜の連続小説9
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